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小さな約束

 幼い頃、私は真剣に自分が「拾われ子」ではないかと心配していた。

 そしてリセアネが生まれた後、その疑いはますます深まった。

 兄と私と妹。

 私だけが、違う。


 「かあさま。ナタリー、このかみ、ヤダよう」


 5歳の誕生日を何日か過ぎたある日。

 私の為にこしらえられた初めてのティアラを前に、ボロボロと涙をこぼして王妃である母に訴えた。


 「このめめも、ヤダ。にいさまとかあさまとリセと、おんなじおめめがいいのにっ! どうして? ナタリーだけどうして?」


 きっかけはよく覚えていない。

 おそらく王宮に遊びにきていた従妹か誰かが、思ったことをそのまま口にしたのだろう。

 私にそのティアラは似合わない、と。

 もっと綺麗なお姫様がかぶるものだ、と。


 肩を震わせしゃくり上げる私を前に、母はおろおろしていた。


 「ナタリーの髪も、素敵よ。おめめも、とっても可愛いわ」


 懸命に私をなだめようと、母がそう口にした途端。


 「もういいっ!!」


 幼いなりに自分が酷い我儘を言っていると知っていたし、今にも泣き出しそうに美しい眉をひそめる母をこれ以上困らせたくはなかった。

 でも、その日はどうしても我慢できなくなったのだ。

 兄が、妹がねたましく、そんな自分が恐ろしかった。


 制止する大勢の声を振り切って、私はがむしゃらに走った。

 走って、走って。

 どこでもいいから、兄や妹と私を比べる人のいない場所へ逃げ出したかった。



 どのくらい走っただろう。

 気が付けば、王宮の裏手にある寂びれた庭園の端の小屋の前だった。

 庭師のおじさんが、色々な道具をしまっている小屋だと聞いたことがある。


 ここまで来れば、しばらく一人になれるだろう。


 私はハンカチを取り出し目に押し当てると、思い切り大きな声で泣くことに決めた。


 「みんな、きらいっ! だいっきらいっ!!」


 王女としての教育を受けてきた私は、そんな風に感情を露わにしたり、誰かの悪口を言ったりすることを厳しく禁じられてきた。

 だから、今日だけ特別。

 誰も聞いてないから、今日だけは。


 「にいさまも、リセも、かあさまも……ナタリーが、いちばんきらいっ!!」


 本当は誰も悪くない。

 ちゃんと分かってる。

 私が不器量なのは、誰のせいでもないのだ。

 

 でも、心に食い込むこの苦しみが誰のせいでもないのだとしたら、なんて世界は残酷なのだろう。


 おいおい声を上げて泣き続けていると、ふと誰かの気配を感じた。


 「――大丈夫?」


 ぐっしょりと濡れたハンカチ越しに目を上げると、そこには黒髪の男の子が立っていた。困惑したように眉根を寄せ、大きな瞳をまたたかせている。


 「君はもしかして、ナタリア姫?」


 兄くらいの年だろうか。仕立てのいいジャケットから大きな青いハンカチを取り出した彼は、私と目線を合わそうと膝を折った。


 「そのハンカチ、もう役に立ってない。代わりに、これ使えよ」


 口調はそっけないが、私の手にハンカチを握らせるその仕草があまりに優しげだったので、私の瞳にはまたもや涙が溢れてきた。


 「うっく。……あ、あなたは、だあれ?」


 彼の大きなハンカチからは、ミントのようないい香りがしたのを今でも覚えている。小馬鹿にしたような眼差しを向けてこない他人も初めてだった。

 

 「ああ、そんなに目をこすると赤くなってしまう。ぼくはエドワルド。君の兄さんの友達だ」

 「えど、わるど」

 「そう。クロードが心配してあちこち探してた。一緒に戻ろう?」

 「――もうちょっとしたら、かえる」

 

 さっきまでの荒れ狂った感情からようやく解放されて、私は何回か大きく息を吸った。長いこと泣いていたせいで、うまく息が吸えない。

 エドワルドはためらいがちに手を伸ばしてきて、そんな私の背中を優しく撫でてくれた。


 「ご、ごめん……っく。なさいっ」

 「うん、大丈夫だ」

 「みんなに、いわないで。ないたのと、わるくち。ないしょにして? あしたから、ちゃんといいこにするから」

 「もちろん、誰にも言わない」

 「やくそくだよ?」

 「ああ」


 言葉数は少ないがエドワルドの表情は真摯なもので、私は幼いなりに彼は信じて大丈夫な人間だ、と判断した。背中に触れた手は温かく優しかった。


 思えば、その小さな約束を交わした時には、すでに私はエドワルドに惹かれ始めていたのかもしれない。



 そんな事があってから、母様は私の周りの人間に神経質になった。

 従妹たちは遊びにこなくなったし、行儀見習いで王宮に来ていた侯爵家や伯爵家の令嬢方も、いつのまにか目にしなくなった。

 蔑みに満ちた悪意ある視線が消えたおかげで、私はだいぶ落ち着いた。

 

 代わりに私とリセアネの遊び友達もとい子守になったのは、エドワルドと彼の親戚筋にあたるパッシモ伯爵の一人息子・フィンだった。

 クロードとエドワルドとフィン。

 3人の小さな騎士に守られて、私たち姉妹はすくすくと育った。


 「ナタリア王女殿下、賢くありなさい。それが、あなたを守ることになるのですから」


 6歳になった私につけられた家庭教師の先生は、一番初めにそう言った。

 そうなのか。

 コクリ、と私は素直に頷いた。

 美しくなくとも、私には一人でまっすぐに立つすべがあるらしい。

 

 大好きな兄とその友2人に見守られ、愛らしい天使のような妹に慕われ、私は『第一王女・ナタリア』になっていった。


 

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