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エドワルド

 「聞いたか、あの話」

 「今回こそは、本命視されてたんだがなぁ」


 ひそひそとした囁き声が、あちらこちらで聞こえてくる。

 ナタリア姫の6人目の求婚者が求婚せずに帰って行った話は、あっという間に王城中を駆け巡ったようだった。


 「まぁ、でも男としては、その気持ちも分かるような」


 騎士の詰所で武具の手入れをしていた若者の一人が小声でそう言うと、隣にいた男がすかさず持っていた剣の柄で彼の脇腹を小突いた。


 「いたっ! 何するんだよ!」


 「お前、忘れたのか。前回、似たような事を言った奴がどうなったか! 自滅するのは勝手だが、巻き込まれるのはご免だ」


 「ああ、そうだったな。……悪い」


 あれは酷かった。

 今でも、近衛騎士たちの仲間内では語り草になっている。


 事の起こりはこうだった。


 我らが第一王女であるナタリア姫は、今年20歳になられた。

 16歳で社交界にデビューされて以来、周辺国とは言わず、遠い西の小国からも求愛者はやってきた。が、いまだに独り身であられる。


 原因は、「絶世の美女」と大陸中にその美貌を謳われた王妃・トリシアにある。実際、この国に嫁がれてくるまで、数多あまたの国の王子が彼女をめぐって血腥いやり取りをしたとかしなかったとか。

 

 その王妃が産んだ娘なのだから、きっと同じように美しいに違いない。そんな希望に胸を膨らませてやってきた彼らには、ナタリアは物足りなく映るのだろう、というのが周辺の人々の率直な意見だった。

 口に出しては、誰も言わないが。


 口に出すには、ナタリアは素晴らしい王女であり過ぎた。


 身分の低い下働きの者にすら優しい微笑を絶やさず、一歩王城を出れば、孤児院や病院、市場や砦などを巡り、市井しせいの声に耳を傾ける。

 災害が起これば、いち早くその場所を訪ね、領主らを動かして被害を受けた村や人々の救済に力を尽くす。

 

 『武のクロード王太子・知のナタリア姫』と幼い頃から王宮付きの教師らを感嘆させてきた彼女なのだ。その振る舞いは思慮深く、その行動はいつも国の為になっているというのだから、平民から王宮に出仕する貴族に至るまで広く愛されていても不思議はない。

 

 しかし残念というべきか、ナタリア姫は凡庸な容姿なのである。

 現王譲りの濃い茶色の髪はたっぷりとしていて艶やかではあるが、兄妹の白銀の絹糸のような髪と比べればパッとしない。

 瞳は黒だが、全体的に色素が薄いのか灰色に見えることもある。

 目鼻立ちにおいても全ての造作が小じんまりとしており、せいぜい子リスのような愛らしさに喩えることが出来る程度だ。

 

 兄である王太子や妹である暁の巫女姫が、あのようにろうたけた美貌でさえなければ、また話は違ったのかもしれない。比べられる対象がすぐ傍にあることも、ナタリア姫にとってみれば哀れな災難といえた。

 3方揃って接見の間に並んだ様を想像すると、ナタリア一人が血の繋がらない貰われ子のように見えるのは、誰のせいでもない。

 


 その結果、5人目の求婚者であった隣国の第二王子がナタリアと妹姫にまみえた途端、『我が婚約者を、ナタリア姫ではなくリセアネ姫にかえてはいただけないか』とクロードに懇願するという、前代未聞の出来事が起こった。


 幼い頃から交流があり親しい友だったはずのその王子を、クロードは『親善試合』と称した剣試合で滅多打ちにし、「二度と我が国に立ち入ることを許さない」と脅して、国外に叩き出したという噂なのだ。


 それからしばらくして。

 ナタリア姫に起こったその醜聞スキャンダルを、面白おかしく酒の席の肴に喋ったある騎士がいた。


 良識ある者たちはみな、眉をひそめてその者の話を聞いていたのだが、「ここだけの話」といった気安い雰囲気に、表立って男を咎める者はいない。

 

 「しょうがないよな。男なら誰だって、リセアネ様に惹かれてしまうだろうよ。ナタリア様は、確かに王女としてご立派でいらっしゃるが、女性としては……」

 「女性としては、なんだ」


 それまで黙って男の戯言を聞き流していた王太子付きの近衛騎士筆頭は、音も立てずに立ち上がると、次の瞬間には剣を鞘ごとその男の首に押し当てた。

 離れた席に座っていたはずなのに、と騎士たちは唖然とした。

 それほどその動きは速く、流れるような剣さばきだったのだ。

 

 「ひいっ!!」


 酒がまわって上気した男の頬が、一気に青ざめている。

 彼を取り囲んでいた騎士たちも、思わぬ展開に息を飲んだ。

 冷静沈着で知られ、近衛騎士一の切れ者と名高いロゼッタ公爵家の長子・エドワルドがそのような暴挙に出るなどと、誰も思わなかった。ただ一人を除いては。

 

 「エドワルド、手加減しておけよ」


 同じく王太子付きの近衛騎士であるフィンがやんわりと諌める声は聞こえているはずなのに、エドワルドの冷たい眼差しは揺らぐこともなく。


 「お前ごときが、ナタリア王女殿下を愚弄するのは許さない。表に出て、剣を抜け」


 後ろで一つに結わえた肩すぎの黒髪が、精悍な頬にハラリと一筋落ちる。

 漆黒の切れ長な瞳は、今は剣呑な光を帯びたまま。

 見惚れるほどの男ぶりであるが、そのまま外に引きずり出され剣を抜かされた哀れな騎士と、それを止めようとしたせいでまとめて制裁を受ける羽目になった彼の仲間たちには、悪魔のように見えたことだろう。



 


 「――うう、思い出しただけでもゾッとする」


  剣の柄で小突かれたくだんの若者がぼやいていると、近くにいた先輩騎士たちが一斉に笑い声を上げた。


 「仲間うちでの制裁だから、エドワルドはずいぶん手加減してたってのに、お前はだらしがないぞ」

 「エドワルドが出なかったら、代わりに俺が出て行ったさ」


 そのうちの一人であるフィンがニヤリと口元をゆがめると、年若い騎士たちは、一斉に身震いした。

 



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