1-6
あらかじめセットしていなかった目覚まし時計は沈黙したままだ。いつものように定刻より数分前にすでに目は覚めていて、毛布の隙間から時計が時を刻むのをじっと見ていた。
長針が七時半を通り越し、起きていなければならない時間が過ぎ去った。それでも僕は身動ぎもせずそうしていた。
当然母親が起こしに来る。最初は階下から呼ぶだけだったのが、数度喚いても返事がないとわかると、 実力行使に出た。部屋にずかずか入って来て布団をはぎ取ったが、僕は何事もなかったようにうずくまっていた。
その時は苛立ち紛れに(もっとも僕の母親はいつも苛立っていたけど)早く起きなさいと言って、また
階下へ戻った。
僕は得意技の無抵抗と無反応で過ごした。長年の「何を言ってもどうせ無駄」という諦観によって身に付いた、赤ん坊並みに無力な者ならではの技術だ。
改めてやって来た母親は今にも額の血管が切れるのではないかと言うほどに表情を歪め、僕を揺り起こそうとした。まあ、それまでの僕からしていつかこんな行動に出ると薄々感づいていたのだろう。だがだからといって認められるわけでもなかったらしい。
こうして何をどうやっても動こうとしない僕と、どうにかして起こそうとする母親という、多分全然知らない人が見たら世界一情けないバトルが始まった。BGMにPRIDEのメインテーマでも流れていたら最高だね。
最後の方になると母親は泣き喚きながら「学校行って! 学校行ってよおお!」と哀願していたが、僕だって彼女の必死さと同じくらい学校に行きたくなかったんだ。拮抗状態がしばらく続き、「もう勝手にしろ」の捨て台詞と共に乱暴にドアが閉じる音がすると、僕は心底ほっとした。母親の性格からして一度諦めた事に再度挑戦したりはしないだろう。
かくしてリング上で右手を高々と上げて最後まで立っていたのは僕という訳さ。勝利に酔い、多少の気まずさと後ろめたさに苛まれながらも、二度寝する事にした。とにかく今日は乗り切った。
次の日も、その次の日も僕は学校へ行かなかった。
あそこに行かなくていいならこんな楽な事はないと思っていたけれど、案外そうでもなかった。そりゃあ朝起きなくていいし、好きなだけネットもやれる。クラスメイトの連中に顔を合わせなくてもいいし、数学の時間にわからない問題を当てられて息が詰まる思いとも無縁だ。