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7-2

 一応「どっち方面行き」という階段があるが、僕の行きたい駅の名前が書いてあるわけじゃない。僕には両方とも同じに見える。何という巧妙な罠だ。鉄道会社は引きこもりをどうしても遠出させたくないらしい。



 青白い顔で行ったり来たりして、両方のホームを階段の上から見下ろしたりしていると、幸運にも導き手があらわれた。

 高校生らしいカップルが、手を繋いで奥のホームへ向かっている。僕はその女の子が脇に抱えたビニールのバッグの中に、ビーチサンダルと萎んだ浮き輪を見逃さなかった。浮き輪だけならどこかのプールという可能性もあったが、あのサンダルが動かぬ証拠だ。

 「つく頃には暑くなる」とか「朝の方が人が少ない」とかという単語が端々に聞こえる。これはもう間違いないだろう。

 妻を連れて地獄を抜け出したオルフェウスの気分だ。ノコノコと二人について行き、僕はホームへ降りた。



 いやあ、今思うと間抜けなんてもんじゃないな。一人でお出かけなんて初めてだったからね。

 ガラガラの電車を乗り継ぎ駅で降りた後も、カップルは頼もしい先導役になってくれた。複雑に入り組んだ地下鉄の乗り場も難なく通り抜け、とうとう目的の駅へ向かう電車に搭乗出来た時、僕はあの二人を今日のMVPに指名してもいいと思った。君たち二人に日本中の引きこもりを代表してお礼を言いたい。ありがとう、ありがとう。



 もう心配する事は何もない。黙っていても目的地につく。緊張が解け、少し余裕が出て来た僕を、突然光が包み込んだ。電車が地下を出たんだ。

 椅子の上で振り返ると、そこに水平線が広がっていた。暁光を浴びた水面がきらきら光り、幾千もの色合いを見せている。

 僕はそれを、美しいと思った。生まれて初めて何かを綺麗だと思ったんだ。もちろん、ボトルの中の海だって同じくらい綺麗だったさ。だけどあそこはいつも日中で、朝とか夕焼けとかなかったからね。

 この光景をいつか海里と一緒に見たい。この瞬間、僕はあらゆる抵抗やコンプレックス、現実のすべてを超えて、そう思った。



 電車が港区の駅で停まると、僕は相変わらずカップルを追って駅を出た。海岸沿いに作られた小さな駅だが、彼らのように朝一番の砂浜を独占したいという人たちが結構いる。



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