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6-8

 そして今、僕は再びあの考えに捕らわれた。いつも逃げ回っていたけれど、毎日確実に、ほんの一センチずつではあるけれど、距離を縮めてきた追跡者の存在だ。

「このままでいいのだろうか」という不安。



 途端に現状に対するすさまじい不安が押し寄せて来て、僕はその濁流に翻弄された。みんな高校に進学するのに、僕だけが永久にこのままなのか? みんな就職し家庭を築き、人並みの幸福を得られるのに、僕だけがこの部屋から出られないのか?

 このままじゃいけないんだ。

 そんな事はわかってる。このままじゃいずれ親が死んだ後(死ぬまで僕を家に置いてくれるとしてだけど)裸一つで社会に放り出されて野垂れ死ぬという、広辞苑に書いてあってもおかしくないくらい確かな未来が待っている。



 でも僕はどこかで、このままでいたいと強く願っている。「やりたいことを見つけろ」とか何とかって偉い人は言うけれど、僕がやりたい事はただ一つ、「何もやりたくない」という事だけだ。

 だって、僕は何も出来ないじゃないか? 僕に何が出来るって言うんだ? 人の姿をしているけれど、その中身は人以下でしかないパチモンの僕が。電脳街の路上で売ってる、外見はそっくりだけど中身だけ電卓の中国製PSPモドキと一緒だ。



 このままでいいわけなくて、このままじゃいられないんだけど、このままでいる以外に何も出来ないというこのパラドクス。エッシャーの騙し絵のように、永久に続く螺旋階段だ。上がっても下がっても結局は同じところに戻って来てしまうという。

 僕は上半身を起こし、両手で顔を押さえた。そうする前から、目の前は真っ暗だったけれど。

 海里。彼女の姿を思い浮かべればきっと気分が軽くなると思ったけれど、逆に胸が痛くなった。あの笑顔がチクチクする。ああ、何故、僕は僕なんだ? 他の誰かじゃ、海里を好きだと言い切る事に何の躊躇いもない普通の人じゃなかったんだ?



 ずっと後になって気付いた事だけど、人はコンプレックスが強くなり過ぎるとこうなっちゃうんだ。誰からも好かれない事はもちろん辛いさ。だが誰も好きになれない事も、同じくらい辛い。

 ヘロインとコカインを同時にやると心臓が止まるって話、知ってる? 片方は血管を拡張する効果があり、もう片方は収縮する効果がある。まさにそれさ。「あの子が好き」が血管を広げてドキドキさせ、「自分が嫌い」が血管を縮めてヘロヘロさせる。その結果、ハートが停止し、何も出来なくなってしまうんだ。



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