5-11
考えた挙げ句、結局そう言ってしまった。
「何にもなかったよ。毎日毎日、何にもなかった」
パソコンだとかネトゲーだとか、やってる最中は何か意味があるような気がしていたけれど、ああいうことは一歩外に出たら「何か」ってほどのものじゃないんだ。
「朝に散歩に行くのが趣味なんだ。それで……あのホームレスのじいさんに会ったんだ。全財産の百五十円でボトルシップを買って、ここに来た」
「そっか」
乾燥させた海綿みたいにスカスカの自伝を語り終えると、海里は寝椅子の上で姿勢を変えた。視線が外れたので、僕はほっとした。
「あたしも似たようなもんだよ。あんま人に聞かせたい事ばっかりじゃないかな。それでも聞きたい?」
もちろん、一も二もなく僕は頷いた。
「まあ、家がちょっとね。良くなかった」
短い言葉だったが、そこには千もの意味が込められているように感じられた。彼女は明らかにこの問題について多く語る事を避けている。
「うちは母さんだけだったし、お金無かったから。お母さんが病気になって……養護施設はイヤだったし、どこにも行くとこなくってね。年齢誤魔化してずっとネカフェに寝泊まりして、日雇いで働いてたの」
父親について聞きたかったが、彼女の見えない拒絶感が僕を阻んだ。それに彼女だって多くは聞くまいという気配りをしてくれたんだから、僕もそれに応えるべきだろう。
「真っ暗でね。みんな。全部」
溜め息混じりのその言葉に、どう答えればいいだろう。慰めるのも何か違う気がした。この頃はまだ、他人の傷をどう扱っていいかわからなかったんだ。
「ホームレスのおっさんからボトルシップを買ったのはそんな時。いいとこだよね、ここ。冷蔵庫のお酒はなくならないし、お腹も減らないし。洗濯と洗い物はしなくちゃなんないけどね」
「ずっとここにいるの?」
「外でどう時間が流れてるか知んないけど、もうずっとここにいるよ」
「君のボトルは?」
「え?」
僕は椅子の上で身をよじり、船室の方を見た。
「現実に帰る為のボトルは?」