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「学校なんかクソ食らえ」
そう答えるとボトルを台座に戻し、パーカーを翻して冷蔵庫に向かった。
「飲む?」
「いや、いい」
「ジュースもあるけど」
「それなら」
これが多分、海里と初めて交わしたまともな会話じゃなかったかな。それまでは僕の方がすぐに押し黙ってしまうせいで(だって何にも話す事がなかった)、途切れ途切れだったんだ。
彼女が投げて寄越したバヤリースの缶を開けながら、僕はたった今しがたの言葉を頭の中で繰り返し復唱した。
学校なんかクソ食らえか。
こんな事を言うのはもちろん彼女が初めてだったし、これまでそんな人間と接した事もなかった。教師でも親でも、どこの誰であれ学校に通って初めて人間だと言わんばかりだった。それまで僕は人間モドキとして扱われてたからね。
「お願いだから普通になってよ!」嫌悪に顔を歪めた母親の口から、何度その金切り声を聞いただろう。
だがそこに海里が現れ、連中をまとめて否定した。築き上げられた価値観に真っ向から中指を立てて否定して見せた。本人にそこまで本気の反骨精神があったかどうかはわからないけど、とにかく僕にとっちゃ世界がひっくり返るような衝撃的台詞だったんだ。
津田海里、彼女はこの瞬間から僕にとってのコロンブスになったのさ。世界一周航路を見つけ、地球は平らだと信じて疑わない有象無象を撫で切りにしてのけた。
そしてこの日を皮切りに、僕の彼女に対する気持ちは更に明確になってゆく。
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ボトルをホームレスから買って一ヶ月が過ぎたある日の事、僕はとうとう彼に会いに行く事にした。
あのじいさんがどれだけボトルシップの事を知っているかはわからないにせよ、拾った場所くらいは聞いておいて損はないだろう。きっと謎を紐解く手がかりがある筈だ。自分の事は何も喋らない海里の事も何かわかるかも知れない。
カレンダーで今日が資源ゴミの日である事を確認し、明け方近くになると、僕は家を出た。団地のゴミ捨て場前まで来ると、花壇の縁石に座って待つ。




