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3-1

 足が引っかかっている方の穴には僕の部屋が魚眼レンズの要領で見え、吸い込まれつつある方向には海が見える。水のある本義の海で、あのヨットも見える。

 少なくとも月の裏側じゃないらしいので、僕は意思を統一した。後退の意見を排除してひたすら行く手を目指す。



 のたうち回って体をひねっているうちに、とうとう足がすっぽ抜けた。抵抗が消えると同時にヨットがものすごい勢いで近付いて来て、僕は腹ばいに甲板に着地した。いや、着地なんて格好良いものじゃなかった。落っこちたという方がいいだろう。これがワーナーブロスのアニメなら人型の穴が開いたに違いない。

 実際はそんな高さじゃなかったけれど、虚弱児の身にこれは答えた。肺から押し出された空気が悲鳴じみたうめき声になり、背骨が痺れるような衝撃に息が詰まった。



 何とか致命傷で済んだぜ……というギャグはさておき、痛む胸骨を手でさすりながら立ち上がる。

 あの女の子に無様な姿を見せた事に赤面しかけ、取り繕う言葉を探しながら周囲を見回すが、彼女の姿は見えなかった。舳先にほど近い縁の方には、相変わらずパラソルと寝椅子が置かれているが、中身はない。だが痕跡はあった。

 つまりホットパンツ、白いTシャツ、ヨットパーカー、安っぽいプラスチックのミュールと言ったものが寝椅子に無造作に放り出されているが、本人はいない。

 僕はそちらに行ってみて、Tシャツをつまみ上げた。いやいや、信じてくれ。匂いを嗅ごうとしたんじゃない。山ほど積んだ聖書に手を置いて誓ってもいい、そんな事はしていない。まったくその気がなかったというのは嘘だが、邪念が頭をよぎった瞬間に彼女の気配がしたから、手が止まってしまったんだ。



 その日も波は静かで、真上に昇った太陽は強烈な日差しを落としている……このボトルの中の時間は、外と無関係に流れているようだ。前回もそうだったが、ここはやはり正午のあたりだ。

 潮騒とは別の水音がした。体と髪を伝う滴が足場に落ちる音も。もう一度その滴る音がし(彼女が両手で髪の水気を拭ったに違いない)、それから海面に降りた階段が順番にきしんで、徐々にこちらに向かってくる。



 彼女は海で泳いでいたのだろう。で、服はここに脱ぎ捨てたままだ。階段の音と共に僕の胸は高鳴り、心臓を吐き出しそうなくらい緊張して卒倒しそうになった。今思っても、あの時脳の血管が破裂して死ななかったのが不思議だよ。

 とにかく数秒の猶予で、僕はやるべき事を考え、決断を下した。ともかく手の中のシャツを元に戻し、それからみっともないくらい泡を食って振り返った。



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