2-6
彼女は日除けに顔に被せていたらしい青いキャップを頭に押し上げた。そしてもっとこちらをよく見ようとしたのか、手に取って外した。目鼻立ちはくっきりしているが目許は柔らかく、常に笑みを湛えたような半月型を描いている。
そのまま、どのくらいの時間が流れただろう。やがて、彼女の方から口を開いた。
「座れば?」
視線で示した方向に折り畳まれたままの寝椅子があった。彼女が使っているのと同じ、黄色いプラスチック製のやつだ。僕はそれを見、しばらく考えた後、言われた通りにする事にした。どちらにしろ疲れ切っていて、その場にしゃがみ込んでしまいそうになっていたのだ。
椅子を起こして組み立てたが、それを彼女の隣にまで引っ張って行く勇気はなかった。正直近づく勇気すらなかったのだ。その場で立てて腰を下ろすと、体を縮めて所在なげに彼女の方を見た。
ここはどこで、彼女は誰なのか? 疑問は喉に詰まり、声にならなかった。
向こうもまた、こちらに興味があるようだった。改めて寝椅子に横になったが、しかし帽子はサイドテーブルに置き、横目でこちらを見ている。
「どっから来たの?」
どう答えればいいだろう。「部屋でボトルシップの蓋を開いたらいつの間にかこんな所にいた」という事を理論的に説明するのは、宇宙が誕生した経緯を語るよりも難しい。
「それはその」とか何とか、とにかくそれらしい事を何とか言ったつもりだったが、向こうはちょっと眉根を寄せただけだった。多分、何を言っているかわからなかったんだろう。
僕が人と喋るのが嫌いなのは、ほぼ必ずこうなるからだ。ボソボソ声になってしまって、向こうは「何を言ってるのかわからない」という顔をする。母親が僕をなじる時のお気に入りの台詞の一つさ。「はっきり喋れ」ってね。
凪の中を漂う微風にすらかき消される声色に、彼女はしばらく耳をそばだてていたものの、それ以上聞き返す事はしなかったので、僕も何も言わなかった。
彼女は身を横たえると、顔に帽子を被せた。人差し指で船室の入り口を指さす。
「帰りたくなったら、キャビンに入ってみて。瓶を開けたらここから出られるから」
再び、沈黙が落ちた。向こうは寝入ったのか、僕にはもう関心を示さない。
僕は段々気まずく、その場に居づらくなってきた。相手が僕を邪魔に思っているのではないか、内心イライラしているのではないかと不安がこみ上げて来たんだ。