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万年床に腰を下ろし、改めて今朝の戦利品を眺めてみた。ボトルの中に鎮座している船は現代的なヨットで、ボトルシップと言えばサンタマリア号のような帆船だと思っていた僕の常識を覆した。作られて随分経つらしく、瓶の細かな傷や船体の日焼けから歳月が窺えるが、壊れたり欠けたりしている部分は一つもない。船体の流線型は今なお美しく、帆はいっぱいに風を受けて膨らんでいる。
僕はだんだん、この小さな芸術品が愛しくなってきた。あの取引は悪くなかった。いやいや、それどころか安い買い物だったと言ってもいいんじゃないか。色んな角度から眺めたり、手に取ったりしているうちに愛着は募り、笑みすら浮かんで来た。
ネットゲームでお金やレアアイテムを手に入れたって、ふと我に返ると「実際の僕は何にも手にしていないじゃないか」と空しくなる事があるけど、これは正真正銘僕の目の前に存在している。手で触れる事が出来るって何て素晴らしいんだろう。
色々いじっているうちに、ボトルのコルク栓に触れた。きっと接着剤か何かで固定してあるだろうと思ったけれど、掴んで引っ張るとキュッキュッと音を立ててズレた。
もしも僕が栓を開けようとは思わなかったら、あのホームレスからこれを買わず走り去っていたら、そもそもあの日あの時間にあの場所を通らなかったら、この話はすべて別のものになっていただろう。
この世に運命は存在する。断言してもいい。その瞬間瞬間では偶然という形でしか目に見えないけれど、後でそうだと気付くんだ。
ポンと小気味のいい音がして、コルク栓が引っこ抜けた。そしてその瞬間、僕は栓を握っている筈の右腕を見失っていた。
変な話だが、いきなり自分の片方の手がどこかに行ってしまったのだ。ぼんやりと部屋を見回し、あるいは瓶をひっくり返したりして、さっきまでは肩からぶら下がっていた筈のものを探す。ネックを掴んでいる左腕はちゃんとあるのに、右腕だけがどこにもない。
あまりにも急で、妙な事だった。だから不思議に思うとかびっくりするとか、そんな感情が追い付かない。僕の思考は半ば停止し、ただぼんやりとしていた。
やがて、右腕が見つかった。手は瓶の口の中に吸い込まれていた。えっと、つまりどういう風になっているか説明すると、僕の手は排水口に吸い込まれてゆく水のように細くよじれていて、糸みたいに瓶の中に……まるで自分の体が洗面台に張った水になっていて、それが吸い込まれてくみたいな……
右腕から肩へ、そしてそれと繋がっている胸へ、糸がほどけるようにして僕の体はよじれ、細くなり、瓶の中へ吸い上げられていく。