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2-2

 しかし僕が手を差し出すと、ホームレスは瓶を引っ込めた。

「いくら持ってる?」

 また質問の意味を理解するのに時間がかかった。僕の時間が停止しているのを見て、向こうはさぞかし頭の弱い奴だと思った事だろう。実際そうなんだが。

 僕はポケットに手を入れ、ジュースを買おうと思って入れておいた百五十円を恐る恐る取り出した。散歩の終わりに親の小銭入れからかすめたこの金で缶コーヒーを飲むのが僕の楽しみなのだ。



 ホームレスは僕の掌の上にある二枚の銀貨を眺め、そしてすぐにそれを指で摘んで懐に納めると、ボトルを寄越した。多分、本当にこれしか持ってないのだとわかってくれたのだろう。実際そうだったしね。

 こうして彼と僕はお互いに手の中のものを交換し、スリリングな取引は終わった。

 商売を終えた満足感からか、ホームレスは愛想を見せた。だがそれは「毎度どうも」とか「ありがとよ」とかの言葉ではなかった。



「そのボトルはな、きっとお前の人生を変えるぜ。百五十円で世界の全部が引っくり返るんだ」

僕が口を半開きにいて見つめていると、彼は続けた。

「だけどな、引っくり返った世界から落っこちないでいられるかどうかはお前次第だぜ」

 ホームレスは自転車にひらりと飛び乗り、姿を消した。

 こうしてただ一人暁光の中に取り残された僕は、ボトルシップを抱えたままポカンとしていた。何言ってんだあのおっさん? 世界が引っくり返る?

 まあ、明け方にウロウロしてる変なガキを多少からかってみたってだけだろう。しかし百五十円か。喉を潤す快感と引き替えにこの小汚いボトルシップが一つ。果たして得な取引だったろうか? 



 家に帰る道すがら、僕はまだドキドキしていた。他人と喋るのは本当に久しぶりだったし、それが普段関わる事のない……って僕は誰とも関わる事はないんだけれど、社会の除け者とあればなおさらだ。

 どっちにしろほんの僅かであれ人と関わりを持てた事は、僕にほんの少しだけ喜びと興奮をもたらした。人間はみんな一人でコミュニケーションなど時間の無駄だとか勝手な哲学に浸ってみたりもしていたけれど、たまに人と話すのもいいもんだね。



 すっかり夜も明け、町が目覚める頃、家についた。足音を忍ばせて部屋に入ると、ボトルシップを飾る場所を探した。部屋の窓の下にある背の低い棚の上がぴったりだが、台座が必要だ。瓶は丸いから、平らな場所だと転がっていってしまう。

 漫画の単行本を二冊用意し、隙間を作って並べ、その狭間に瓶を置いてみた。やや不格好だが、これなら安定するだろう。



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