2-1
僕はそれを横目に、だけど視線を送っている事を悟られないようにその前を通り過ぎようとした。現代人の大多数がそうするように、あいつらは道ばたに落ちているペットボトルと同じくただの背景で、自分とは何の関わりもないって態度で。
足音を響かせ、背後を通り過ぎようとした時、突然ホームレスが振り返った。野球帽の下で落ちくぼんだ目は、間違いなく視線の先にこちらを捕らえている。
僕は思わず足を止め、ぎょっとして動きを止めた。目が合ってしまった不運に縮み上がりつつ、再び足を進める。
向こうはしばらく、品定めをするようにこっちを見ていた。
「兄ちゃん、兄ちゃん」
煙草で焼けた声がした。僕がますます逃げ腰になると、ホームレスは笑った。真っ黒に日焼けした顔の中に、黄色い歯が覗く。
「これ、欲しくねえか」
手を休めた彼は、一度自転車と向かい合うと、後輪の横に装着した袋の中から何かを取り出した。
両手で両端を支えて地面と平行にしたそのボトルを、僕は最初ただの空き瓶だと思ったが、違った。ワインの瓶より少しばかり大きめな、透明なガラスの中に何かが見える。
目を凝らすと、中に入っているのは船の模型のようだった。ボトルシップというやつだろう。青く色を付けた樹脂で底を固めてあり、その海の上に船が乗っている、という具合だった。
ホームレスと、というかろくに他人と喋った事のなかった僕は、どう答えていいのかわからなかった。しばらく質問の意味すら理解できなかったほどだ。足と同じく僕の言語機能は衰退しており、頭の中で返事を作り出すまでに大変な時間がかかった。
「いいです」
と、思わず答えてしまった。欲しかったとかいらなかったとかではなく、僕は一刻も早く逃げ出したくてそう言ったのだ。
「そう言うなって、ほら、見ろよ。お部屋のインテリアにどうだ」
彼は僕より大分背が高かった。こんな髭ヅラのノッポに絡まれたら僕でなくたって反射的に拒絶していただろう。
だがこのまま走り去ったら怒り狂って追い駆けて来るかも知れないと、僕は怖くなった。もちろんいくらホームレスだって通りすがりのガキを追い駆け回すほど暇ではないだろうけど、当時の僕はとにかくそう思ってしまうほどビビっていた。