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ごめん、母さん。あれだけは僕が悪かった。あんたが天国に行けたとは到底思えないし、行っていたとするならあの世のシステムは年金庁レベルに仕事をしていないと思うが、まあ、ゆっくりしてくれ。今どこにいるのであれ、今度こそ折り合いがつくといいね。
さて、家を出た僕は寝不足の目を擦りながら、朝方の電車に乗った。この日が盛夏の区切りだったようで、若干日差しの強さが陰りつつあったのを覚えている。強烈な残暑が待っているだろうが、それを過ぎればやっと秋だ。
数度電車を乗り換えると、車窓いっぱいに海が映った。朝の水面はいつも通りキラキラしていて、何度見てもその美しさは寸分足りとも衰えない。
砂浜は今日も賑わいを見せている。一番湯のように一番の海岸を独占しようって人たちだ。その中にいつだかのカップルが見えたような気がしたけれど、気のせいかな。
電車を降り、病院に向かう。受付で面会の手続きをしようとした時、事務員の女性はちょっとびっくりしたような顔をした。
「そちらに座ってお待ち下さい」
前と同じ事を言われ、僕はベンチに座ったが、何か妙な感じだった。事務員は何か電話で話しながらこっちを見ているし、待合室を走り回っている看護士が「ちゃんと探したのか」とか「外、見に行った?」とかって言葉を交わしている。
その中には西堂さんの姿も見えた。僕には気付かなかったか、あるいは顔を忘れていたのか、彼はまた病院の奥へと取って返した。
いやあ、霊感が働くってのはこの事を言うんだな。僕は何故か、みんな理解出来た。何が起きたのかを。悪い予感じゃないよ。それはきっと、いい予感だった。
ベンチを立ち上がり、何気ないふうを装って病院を出る。
海に舞い戻り、海岸沿いに防砂壁の前を歩いた。海から吹き付ける風の中を、かもめが数羽泳いでいる。近隣住民らしい老人がパンの欠片だか何だかを投げると、彼らはそれを上手に空中でキャッチした。
僕は老人に声をかけ、こんな人を見なかったか、と聞いてみた。彼はにっこりして答え、壁沿いに歩いたずっと先を指さした。僕は礼を言ってその前を通り過ぎ、また歩き続けた。
夢で見たままの彼女が、そこにいた。
白いパジャマ姿の海里は、壁の上に腰掛けていた。思い上がっているようだけれど、その姿は誰かを待っているみたいだった。ずっと、誰かを。今日、この日、この時間、ここに、必ずその人は来るのだと信じて。