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11-1

 と言っても、着替えと僅かな本を別にしたら持って行きたいものはほとんどなかった。まあいいだろう。これまでの僕の残骸は置き去りにして、新しい自分に生まれ変わるんだ。

 旅行鞄一つ分の荷物を部屋に置くと、僕はその上にメモを残した。「昼までには必ず戻る」って。あの気の短い兄貴が待っていてくれるかな……まあ、あの男の成長を信じよう。



 ホームレスがくれたコンビニ袋の包みを持ち、僕は部屋を出た。母親はすでに起きていて、朝食を作る音がキッチンでする。そちらには向かわず、僕は玄関から飛び出した。

 母親に対する感情の決算をここで語っておくべきだろう……と言っても、彼女が死んでもう数年経つが、いまだにすべてが割り切れたわけじゃない。



 死因は頭の血管が詰まって細胞が死ぬって病気だった。塞栓が出来たとか何とか……脳溢血とか言ったかな? ヒステリーの持ち主にふさわしい死に方だ。

医者の話を総合すると、かなり運が良かったのかも知れない。というのも脳細胞の一部が死ぬと寝たきり・植物状態になる事が多く、さっぱり死ねる事は少ないからだそうだ。今の世の中、苦しまずに死ねるのは幸運だ。大抵は体中に管を繋がれ、命を引きずり回されるようにして長生きを強要される。命は大事、ってのはそういう意味なのか?



 いや、よそう。こんな言い方、あの女は死んで当然だって言ってるのも同然じゃないか。

 母親が死んだ直後の感情は、よくある言い回しだがまるで実感が伴わなかった。葬式だなんだと色々あったけど、僕の中にあるのはただもう、あの女の事で一切煩わされたくないという事だった。

 死んだんだから、もういいじゃないか。とっとと終わらせて寿司とてんぷらを食わせてくれ。香典は僕だって払ってんだぞ。



 こうして僕の中で母親と、彼女に対する憎しみや今も潜在的に存在する恐れは永久に消えてなくなったか?

 もちろんそんな事はなかった。んなわけないだろ。

 なあ、聞いてくれ。理解出来ないかも知れないが、それでも聞いてくれよ。死に際に彼女がいつも肌身離さず大事に持っていたお守りの袋を開けると、そこには僕が小学生の頃にクレヨンで描いた「お母さんいつもありがとう」って絵が入っていて、それを見た僕は「ああお母さんは本当は僕を愛していたんだ」としみじみして泣く、なんて感動的イベントが起こるとでも思っていたのか?

まさか。現実を映画と一緒にしてもらっちゃ困る。



 あの女は何にも言わずに死んだ。僕をなじる事にしか使わなかった口をようやく永久に閉ざしてくれたわけだ。生きてるうちは閉ざす事はないと思っていたが、いやはや。



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