11.再び僕らの日常へ
落っこちる夢を見た時みたいに、体がびくんと一度激しく痙攣した。それで眼が覚めた。
板張りの床に直接横になっていたらしい。体を起こそうとすると、凝り固まった背筋の筋肉が痛んだ。関節をボキボキ鳴らして何とか上半身だけ起こすと、見慣れた後ろ姿が目に入った。薄汚れたTシャツ姿で、椅子に座ってデスクに向かっている。
彼は振り返り、横目でこっちを見た。
「よう、起きたか」
僕は呆然と自分の右手を見ていた。今はもう空っぽだけど、確かに余韻が残っている。
「で、海里はどうなった?」
僕は上の空で頷いた。頬に暖かいものを感じて手で触れると、涙に濡れていた。何時の間に、というかいつから泣いていたのだろう?
ホームレスは多くは聞かず、頷き返しただけだった。机に向き直り、途中だった作業に戻る。新しいボトルシップを作る最中らしい。細かい作業に目を凝らしている。
「もう二時間もしたら夜が明ける。帰らなくていいのか?」
「うん……帰るよ」
体の内側が静けさに満ちていて、僕は半ば夢うつつな気分だった。夏祭りから自分ちに帰ってきた時みたいだ。興奮は喧噪と共に遠退き、どこか現実離れした気だるい静寂がある。
「待った。あれ持ってけ」
体の痛みをこらえて立ち上がろうとした僕に、ホームレスは背もたれに大きくよりかかって仰け反ると、部屋の隅に置かれた袋を指さした。コンビニとかスーパーとかのビニール袋で、中が膨らんでいる。
僕が持ってきた袋だ。中身は……?
「これは?」
「俺からの餞別さ。持ってけよ」
彼は頭の後ろで両腕を組み、ニッと笑ってみせた。
「牛丼、忘れるんじゃねえぞ。特盛りで頼むぜ」
さて、翌日。
ろくに眠る時間はなかったが、割合すぐに目が覚めた。今日は兄貴が迎えにくる日だ。準備をしなければならない。