2.ホームレス
その瓶を拾ったのは、僕が学校に行かなくなってぴったり一年経った日のことだ。四季は一周し、初夏から盛夏になりつつある狭間にあった。
僕は時々散歩に出かける。と言っても日中に、じゃない。日光が後ろめたいし、近所の誰かに顔を合わせるのも嫌だ。増してやクラスメイトと顔を合わせようものならば、その場で脳の血管が詰まって死んでしまうだろう。
僕が唯一外に出られる時間は、人気が完全に絶える明け方だけだ。季節にもよるが朝の四時から五時くらいにかけてが理想的かな。
町の彼方で朝焼けが燃え、天球の一部を焦がしつつあるが、世界はまだ死に絶えたように静かだ。今この世で息をしているのは僕だけではないかと錯覚するほどの静寂に導かれ、僕は家を出る。
この時間帯は唯一、僕の部屋と外界が一つに繋がる。動くものが何もなく、僕以外の誰もいないという共通点によってね。
寝間着兼用のちょっと臭う灰色のスウェットに、同じ上着をシャツの上に引っかけて、音がしないように玄関を潜る。冷たく澄んだ空気を胸に入れたら、さあ、どこに行っても自由だ。
僕は歩く。いまだ寝静まった住宅、シャッターの降りた商店、ひんやりしたアスファルト。時々寝ボケた犬が吠えるが、大方は僕の事など知らんぷりだ。僕はあてどもなく歩き続ける。といっても二本の足はかつて人間にあった尻尾と同じく、退化して体に吸い込まれてしまう寸前だ。ちょっと歩くともう息が切れ、何だか頭痛もして来た。
まだ排ガスの混じっていない朝の空気は体の奥の澱を掃き出してはくれるが、僕にはちょっと新鮮すぎるようだ。体が拒絶反応を起こし、あの淀んだ部屋の空気を懐かしがっている。目や手足もそうだ。ちょっと伸ばせばどこにでも届く自室と違って、町は果てしなく広い。時々目まいがした。
軽く町内を一周して家に戻ろうかという頃、団地前のゴミ捨て場の前を通りかかった。よくあるコンクリートブロックで四角く囲まれたやつで、カラスや野良猫よけの緑色のネット付きだ。その下には市指定のゴミ袋が詰め込まれている。
ゴミの日の早朝に付き物の姿があった。つまり、ぼろぼろに錆びた自転車に空き缶の詰まった袋を満載したホームレスの姿が。垢で真っ黒の、元が何色なのかもわからない服を着込み、一心に資源ゴミの袋を探っている。
その動きはちょっとした職人のようだった。熟練していて、実に手際がいい。次から次へと袋を開き、めぼしいものを引っ張り出しては、几帳面にもまた閉じて別のに移っている。