10-10
くそっ、バカか僕は?
ふがいなさに涙し、僕は歯が折れるくらい強く噛みしめた。そうじゃないだろ、そうじゃない! ホームレスの言葉を忘れるな。今この世で海里を救えるのは僕しかいない。それは他の誰でもないんだ。
僕はずっと誰かに見つけて欲しかった。砂浜の砂一粒ではなく、ただの点でなく、どこの学校の生徒だとかどこの息子だとかそういうレッテルじゃなくて、他の誰でもないただ一人の僕として見つけてくれる人を探していた。それは間違いなく海里だった。
信じるんだ。僕が海里を見つけたのと同じく、彼女もまた僕を見つけてくれたんだ。だから次も、例えこの世界のどこにいようと、僕が必ず見つけ出す。
今こそ、本当の意味での僕になれ。僕が、僕自身がこの世でただ一人しかいない僕という事を認めろ。海里がそう教えてくれたように。
息が詰まりそうな恐怖と絶望を振り払い、蛮勇と言うか無謀と言うか……いや、多分後者だっただろうけど、僕はそんなものを奮った。数歩、ゆっくり下がって距離を広げると、思い切り甲板を蹴って走り出す。舳先にじゃないよ。マストにだ。
霧の動きに合わせて人型の空白がはっと立ち止まり、こっちを見た。だがその頃にはもう、僕はマストに肩からぶつかっていた。
マストは老木のように大きく傾いだが、まだ倒れない。もう一度、今度は霧の動きも構わず数歩下がって助走し、もう一度体当たりをかけた。木屑がぱらぱらと落ち、いっそう大きく軋みを上げる。
倒れない!
とうとう幽霊たちがこちらの存在を関知し、殺到して来た。四方八方からだ。もう逃げ場がない。
霧の中を泳ぐようにして迫り来る彼らの手が伸び、今まさに僕の喉元へ届こうとしている。打つ手無しとなり、思わず眼を閉じた時、再びマストが軋みを上げた。それは今までのように断続的なものではなく、少しずつ大きくなりながら長い事続いた。
とうとう腐ったロープが千切れる音、真っ二つに折れるメキメキという音が加わり、マストは船尾に向かって倒れて行った。甲板にぶつかって更にひしゃげ、衝撃であたりに激しく風をまき散らす。それこそが、僕の望んでいた事だった。
倒れたマストが倒壊と同時に舞い上げた埃混ざりの風は、周囲の霧をすべて吹き飛ばしてしまった。ほんの僅かな間の事で、空白を埋めようとすぐにまた周囲から押し寄せて来る。だが、それを待ってるわけはない。