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10-8

 もう何も感じたくない、石のように無感情なりたいと切望し続けながら、結局は感情とか感受性とかっていう厄介な同居人を捨て切れない。



 僕には見えたよ。彼(性別まではわからなかったけど、便宜的に)の人生が。学校で授業中にクスクス笑う声が聞こえて、時々何人かはこっちを振り返る。教師の眼を盗んで机から机へ何かが回されている。休み時間に黒板に張り付けられ、それが悪意を籠めて描かれた自分の似顔絵だとわかる。

 幽霊の中にいる間、その瞬間の事が自分自身の事のように切迫したリアリティをもって感じられた。ますます魂が刻み付けられる

 もう何も感じなくて済むなら、どんなにいいだろう。心の内側が永遠に死んでしまえば、どれほどの安らぎとなるだろう。



 ずっと後になって、実を言うと今でもたまに考える。もし現実のどこかで出会っていたら、僕は彼を救えただろうか、と。そしてその考えが傲慢で無意味だと言う事がいつも浮かぶ。誰でもキリストになれるわけじゃない。衆生の苦しみを一心に背負うなんて不可能だ。せいぜい一人が限界さ。



 幽霊の体を突き抜け、床に転がり落ちて倒れても、僕はしばらく息すら出来なかった。幽霊が生前に見たすべてが心を押し潰し、今自分がどこにいるかもわからない。恐らく実際は一瞬だったのだろうが、以前海里と一緒に入った幽霊船の時と同じく、自分の人生よりも長い時間のように思えた。



 彼もこっち側の人間だ。僕と同じルールの持ち主だ。だけど、それでも体がバラバラになりそうだった。あんな苦痛に耐えられる人間がいるもんか。あの幽霊が生前に何十年にも渡ってそんな思いをしていたんなら、それは耐えていたんじゃない。いつだって苦痛にのたうち回っていて、悲鳴を上げながら泣き叫んでいた筈だ。誰もそれに気付かなかったか、あるいは気付いていてなおそれを楽しむか無視していたけだ。



 悪寒がでっかい杭になり、体を串刺しにしている。何とか息をしようとしたが、喉の奥を虚ろな風となって空気が出入りするばかりだ。

 床に倒れた僕は、しばらく両手足を引き寄せてうずくまっていた。氷水の風呂から上がってしばらくした後のように、少しずつ五感が体温と一緒に体に戻って来る。



 顔を少しだけ動かして様子を窺うと、当の幽霊は僕を見失い、遠からずも近からずというところをうろうろしている。あれっぽっちでは飽きたらず、まだまだ僕に自分の苦しみを分け与えたいらしい。

 次に船を見回した。これまで見てきたのよりも一際古い、今すぐにでも沈みそうな木造船だ。手が届くところにクッキーのようにもろくなったマストがそびえている。ギシギシと不安な音を上げて軋んでおり、ちょっとバランスを崩しただけで倒れて来そうだ。



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