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また、大体において彼らは群れる事はなく、大抵自分が縄張りと決めたらしい場所から出てこない。まったく、悲しくなるね。肉体が消えて無くなってなお、引きこもりの性質を受け継いでいるとは。もっとも、後に例外に出くわす事になるんだけど。
空気はひんやりしていたけれど、いつの間にか絞れるほどシャツがぐっしょり濡れていた。緊張の連続で神経が極限まで張り詰めており、皮膚がピリピリする。
改めてコンパスを見下ろす。この時、僕は西へ行く道が見つけられず、ずっと北上しながら板橋を探していた。道を反れている不安が込み上げ、疲労と相まって注意力が散漫になっていたのだろう。背後で物音がした時、僕はもっとも愚かな選択をした。その瞬間は身動きすべきではなかったのに、思い切り振り返ってしまったのだ。
腐食したマストの一部が落ちた音らしい。拳くらいの大きさの木屑が甲板を転がっている。それは問題じゃない。問題なのは、その向こうにいた人型の空白が、明らかにこっちを見ているという事だった。
奴はしばらく正面を見据え、そしてすぐにこっちに向かってきた。足を泥濘に捕らわれているかのようなのろのろとした、しかし確固たる足取りを持って前進して来る。
立ち止まっていても駄目だ。奴はすでに霧が動きを止めた場所に見当を付けているし、このままでいたら否応なしにぶつかる。だから言って今動けば、当然それを追ってくる……
幽霊が目前にまで迫ってもまだ、僕は動けなかった。相手が更に距離を詰め、手が届こうかという地点にまで到達した時、もう逃げ出すしかないという結論に達した。いや、頭で考えてそうしたんじゃないな。脊髄が直接反応したんだ。
隣の船とは縁の部分でぴったりくっついている。僕はそこまで走り、一っ飛びでそれを飛び越えようとした……が、百メートル走るのに十秒もかかるような貧弱な坊やにそんな格好の付く動作が出来る筈もない。
あまりにも泡を食っていたせいか、縁を乗り越えようとしたところで爪先を引っかけ、甲板に転がり込むようにして移った。またも顔面着地の洗礼だ。
当然、その動きに対して霧が素知らぬ振りをしてくれるわけもない。嗅ぎつけた別の幽霊がただちにこっちに向かってきて、僕は再び走るハメに……落ち着いていれば徐々に動きを少なくしてゆき、最後には止めて気配を絶つという方法もあっただろうけれど、もう完全にパニックになっていたんだ。ただでさえホワイトアウトしやすい平常心だと言うのに。