番外編 極楽温泉 その3
すみません。
ドスランプで完全放置でした。
少しずつですが再開していきます。
「よっと!
副長!こんな感じでいいっすか?」
FFV013(指向性対人地雷)を慎重に床に置き、更に目立たないように丸めた浴衣でカモフージュし、額に噴きでる汗を拭きながら坂下1士は得意げに徳川に設置完了報告を行った。
「間違いなく作動するんだろうなぁ?」
作業する坂下の後方の部屋の入口付近に位置してしる徳川は近寄ろうともぜずに答えた。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。後方には鉄球は飛び出さないですから。えっっと都合7個設置しました。2個が最初に作動して突破されたら次に3個、ラストの2個はモーションセンサーにつなげてます。
1と2が作動したら信号が流れて即時起動してその後にこの部屋で動く者があれば飛び出します。何十人となだれ込んで来たら最後の方は撃退出来ないですが、まぁこれは突破されないと思いますよ。」
説明を聞きながら、坂下が部屋の何か所かに置いたコーラ缶について徳川が質問をした。
「了解した。お前の説明通りに作動してくれるんなら俺たちは枕を高くして寝れる訳だな。で、その床の点在するコーラの缶は何だ?」
「あっ!これっすか?走るゾンビってまだ小さな餓鬼だそうじゃないですか?コーラに興味出るかな?って。立止まって拾ってくれたら身体中穴だらけにしてやれるんですけど?」
徳川は、ゾンビがコーラ飲むのか?と言う言葉を飲み込み、あきれ顔で頭を掻きながら部屋を出るように指示しながら廊下に出て行った。
廊下では挟み撃ちにならないように件の部屋の出口を迎え撃つ形で土嚢を積み上げた小さな銃座が作られ、Minimi軽機関銃が設置され、その横には89式自動小銃とベネリショットガンを構えた兵士が警戒態勢を敷いていた。
数時間後、ゾンビの脅威はなくなったと判断され宿泊客や従業員が避難している宴会場には、この緊急時とは思えない程の料理がところせましと並べられていた。
「さあさあ、お客様に自衛隊の皆さん。お食べ下さい。どれくらい籠城するか分かりませんが、足の早い食材を中心に作らせました。警備の方には別途用意しておりますので存分にお召し上がり下さい。
明日以降は順次粗末になりますので、十分にご堪能下さい。」
支配人と従業員達は精一杯の笑顔を振りまきながら、暗く塞ぎ込んでいる宿泊先達の手を取り料理の並べられた長机に誘導していた。
「副長。宿泊者達はさすがに精神的な疲労がきつい様子だな。山本さんと相談して精神的なケアなどの経験者がいないか確認して対応をお願いします。
それと坂下達の若い隊員に食事をさせて、出来るだけ、その・・・場を盛り上げて食事するように伝えてくれないですか?
私は、もう一度警備体制や弾薬の在庫など調べてきます。後で警備の連中の交代の時に一緒に食事を摂ります。」
坂下達の若い自衛官の余興の効果もあり、宿泊客達は若干の戸惑いを隠せないままではあったが、短い食事時間の間だけでも恐怖の時を忘れようと努力していた。
深夜3時
2階で警備についていた隊員達が物音に気づきお互いの顔を見合わせていた。
「例の部屋から音がしなかったか?」
「したよな?」
「トラップは作動していないぜ?聞き間違いじゃねか?」
「いや!間違いなく音がしたぞ?」
「シッ!」
警備の最上位者の栗田3曹が口に前に人差し指を立てながら他の者を黙らせた。
確かに何か?の音がするな?誰かが部屋に侵入?ランニングタイプか!?
栗田は、手にする89式小銃の安全装置をアの位置から3の位置まで動かし、ハンドシグナルを用いて他の隊員にはフルオートと待機の指示をし、慎重に部屋に向かって歩みだした。
旅館の絨毯が軍靴の音を吸収してくれるおかげで足音は消すことが出来たが、歩くたびにぶつかり合う装備品のかすかな音が耳触りにあたりの静寂を破っていた。
扉の死角にたどり着いた織田は、腰のポーチから小さな鏡が先端に取り付けられた伸縮性の棒を取り出し、鏡の角度と棒の長さを調整し、入口から差し入れ、部屋の中の様子を伺った。
「!」
月の光が逆光となって顔などの詳細は確認出来なかったが、そこには3つの人影があった。
姿形から、2つは成人女性とおぼしき、もう1つは子供とおぼしきシルエットであった。
子供とおぼしきシルエットは右足がわずかに「く」の字に曲げられていた若干右肩が下がっていた。
夕方取り逃がしたチャイルドランニングか?いや!間違いないぞ。普通の人間が2階にいきなり現れるはずはないからな。しかも、保護者?もかよ!
そっと鏡を引き戻した栗田は、背後の隊員の内1名にこちらに来るようにシグナルを出し、同時に個人用携行無線機の通話口をある種のタイミングに習いながら叩いていた。
織田の発した音に最初に気づいたのは、1階で交代警備に着いたばかりの木村であった。
他の隊員に向かい、いきなり手を上げて、声を制した木村は耳に装着されたイヤホンをさらにねじ込むように押し付けながら、眉間に皺を寄せた険しい表情で人差し指で壁をトントンと叩きだした。
その指の動きを、隣で会話を制された郷田と池内が気づき静かに木村が奏でる指の動きを凝視していた。
同じ動作が2回繰り返されてところで郷田が自分の携行無線機に向かって小声を発した。
「各個!緊急事態だ。2階にランニングが出現。2階警備の栗田3曹からモールス受信!繰り返す。各個!緊急事態だ。2階にランニングが出現。2階警備の栗田3曹からモールス受信!」
織田が携行無線に向かって連絡をしている間に、木村と池内は個々の装備に初弾を挿入していた。
眠れないという理由で、木村にくっついて来ていた由紀も、木村と池内につられてP226をホルスターから引き抜き、拳銃の上部を引き初弾を装填した。
厳しい訓練に次ぐ訓練での夜間抜き打ち招集にも応えて来ていた猛者たちも、今日一日の経験したことのない壮絶な戦いに明け暮れた疲労からか、無線に答える者は現れなかった。
「木村!駄目だ!誰も起きない。俺と池内が上に行く!お前は他の者を起こして、ここの警備を!池内行くぞ!」
郷田はその巨体に似合わぬ敏捷さで、池内を引き連れて2階に上がる階段に向かって走って行った。
「由紀ちゃん!これ!」
由紀の目前には銃座の横に置かれた予備の兵器のM4カービンと数個のポーチがついたベルトやコンバットベストが突き出されていた。
「M1500と2丁は大変かもしれないけど、CQB(Close Quarters Battle 接近戦)になるかも知れないでしょ?9ミリパラじゃ、こころもとないわ。由紀ちゃんなら使いこなせるでしょ?装備して、ついて来て!」
言い終わるやいなや、突き出した自動小銃と装備を由紀に押し付け、木村は踵を返して宴会場の扉を開けて入って行った。
2階
栗田に呼ばれた清水が扉の死角に到着した時には、栗田の頭の中にはこの先の作戦行動が決まっていた。
お互いにハンドシグナルで行動伝達が終わり、いざ行動を起こそうとした瞬間にドサッという音が2回続いた。
なんの音だ?
一瞬、室内で生じた音に疑問を持った栗田ではあったが、既に頭から身体へは行動を起こす指令が伝達されており、疑問の答えは行動を起こした目の前に存在していた。
2人の作戦は、清水が扉に向けて真正面に立ちその足元に匍匐状態の栗田が転がるように位置し、上下から室内に銃弾をばら撒くという物であった。
彼等が目にした物は、新たに加わった4人目と5人目のランニングゾンビであった。
「ご・5匹かよ!」
トリガーにかかる指を一気に引こうとした栗田と清水は、ランニングゾンビ達の行動に目を疑ってしまった。
何と、大人のランニングゾンビが襲いかかろうと身構えていた子供のランニングゾンビの背中を蹴り飛ばし室内に無防備に突入させたのである。
突き飛ばされた子供のゾンビはつんのめる様に高速で室内に飛び込むことになり、坂下が張ったトラップワイヤーを次々に切断していった。
甲高い数回の破裂音と共に室内のFFV013が次々とその個体を爆発させ仕舞い込んでいた数百におよぶ鉄球を侵入者に向けて放ち始めた。
室内に有る物全てが鉄球の餌食となり、室内は爆煙に包まれていた。
徐々に爆煙が収まるとともに二人の目には室内の様子が飛び込んできた。部屋の中央には原型を留めない大きな肉片と化したチャイルドゾンビが横たわっており、更にバルコニーには数体の大人ゾンビが倒れこんでいた。
爆発音と同時に2階の警備を行っていたもう一人の自衛官も部屋の入口に到着していた。
「おい!バルコニーの奴等まだ息があるみたいだ!」
後から到着した布施が室内を覗き込みながら叫んだ。布施が指摘した通りバルコニーのゾンビは倒れこんではいるが、全員微かに動いていたのだった。
「とどめを指すチャンスだ!清水!」
匍匐状態の栗田が起き上がる前に、布施と清水は室内に飛び込んだ。
2人が自分を跨ぎ超えて室内に飛び込む様を見ながら、栗田はブリーフィングでの坂下の説明が頭を過った。
「・・・・・・・・・以上です。
くれぐれも言っておきます!トラップは3段階動作です!室内に入る場合は3つ目が作動したことを確認してからにしてください。
入口のすぐ横にセンサーの表示機を置いてます。緑以外の時は入らないでください。センサーは廊下側から見て2.5メートル時点の動く者に反応します。
赤の場合はまだ3つ目のトラップが活きてる証拠ですから、室内に2メートル以上侵入しないでくださいね!」
「赤?!・・・・・待て!駄」
ランニングゾンビの恐ろしさを十分に知る2人は、その襲い来る脅威を排除できるチャンスにブリーフィングでの注意をすっかり忘れ去っていた。
呼び止める栗田の声に反応して清水人が立ち止ったのはギリギリの2メートルの位置であったが、その後ろから続いた巨漢の布施が立ち止る清水を押し出す結果となり、2人は境界線の2.5メートを超えてしまった。
激しい爆発音の後、室内中央には都合3つの肉塊が横たわっていた。
「ちくしょう!ちくしょう!」
仲間が無数の鉄球に蝕まれて穴だらけになる姿を目前にした栗田は、目に大粒の涙を貯めながら
2人の代わり、バルコニーのゾンビに止めを刺すために89式小銃を構えてバルコニーに近寄って行った。
「くそっ!カタキだぁ!」
栗田が89式小銃の引き金を絞ろうとした時、横たわっていたゾンビが瞬時に消えた。
「?どこだ!」
銃を構えたまま、周囲を確認しようと銃口を上げかけた時
「グフッ!ゴフッ!」
栗田の身体が数センチ浮き上がり、口からはおびただしい量の血が噴き出していた。
そう、ランニングゾンビにはそれほどの知恵があるのか?仲間を犠牲にして、トラップを破り、その間に一時的に被害がない屋外に飛び出した後に戻り、更には獲物が近寄るまで倒れた振りで待ち構えていたのである。
ランニングゾンビの抜き手は背中から胃を突きぬけ、栗田の胃から手が生えたかのように突き出ていた。
そのまま、まるで人間が焼き鳥の串を持ちながら食べるように、ランニングゾンビは栗田の首筋から肩にかけて喰らいつきその肉を咀嚼し始めた。
爆発音を聞き、郷田と池内は立ち止り顔を見合った。
「FFVが作動したぞ!急げ!」
2人が階段を登り始めた時には、3度目の爆発音が響いていた。
2人は階段を3段飛ばしで駆けあがって行った。2人が2階についたと時を同じくしてランニングゾンビの1体がゆっくりと部屋から出てきた。
「行けぇぇぇぇ」
セットされているMinimi軽機関銃に飛びついた郷田が、狙いも定めずに部屋の出口に向かって引き金を引き絞った。Minimi軽機関銃は軽快に5.56ミリNATO弾を毎分700発のスピードで発射し始めた。僅か数秒で60発近い弾丸が出口に向かって放たれたが、ランニングゾンビは信じられない方法でその弾幕を潜り抜けたどころか、郷田と池内に向かって攻撃態勢に入って行った。
「壁!壁を走ってるぞ!」
池内が迫りくるゾンビにショットガンを乱射しながら叫んだ。偶然に池内の放った鉛弾がランニングゾンビの足にあたり、ゾンビはもんどりうって床に落ちたところを郷田が狙いすまして数10発の5.56ミリNATO弾を撃ち込んだ。
「何匹いるんだ!」
「わからん!リロード!!」
池内は必至の形相で、ベネリをひっくり返してショットシェル(ショットガンの弾)を装填していた。
「やべぇ!」
郷田は池内に警告を発しながら、部屋の出口に向かって引き金を絞り長い掃射を始めた。
「弾がもたんぞ!下がれ!下がれ!1階で迎え討つんだ!ここは、俺が引き受ける!」
相手が人間であれば、少しの掃射で室内にくぎ付けに出来るMinimi軽機関銃ではあるが、ランニングゾンビは壁を伝い走り、瞬時に場所移動を繰り返すため、ほとんどその効果を発揮出来ずにいた。
郷田達と別れた木村と由紀は、宴会場に雑魚寝している自衛官や宿の従業員に怒鳴り声をかけながら、宿泊客が就寝している奥広間に向かった。
その時、2階から数回に渡り爆発音が響き、寝ぼけていた自衛官達の意識を無理やり現実に引き戻した。
「矢野!何人は連れて中間で迎え討て!坂下!宴会場前の銃座に着け!GO!GO!GO!」
徳川曹長の怒鳴り声の中、隊員達は持ち場に向かって駆け出して行った。
宿泊者達は既に爆発音に気づいて大半の者が、部屋の隅に集まり肩を寄せ合って縮こまっていた。
さっと全員を見渡し無事を確認すると、入口を閉めて木村を由紀は89式自動小銃を構えた。
「由紀ちゃんは中に!」
「ここ突破されたら、ここも中も関係ないじゃないですか?ならここでいいです。」
一方部屋に残された宿泊客の間には大きなパニックが起こり始めていた。
「もう、だめだ!終わりだよ!」
「爆発音だぞ?」
「何?言ってんのよ!あれだけの自衛隊が守ってくれているのよ大丈夫よ!」
猟師達が宿泊客を安心させようとショットガンを誇示しながら
「そうだ!心配しなくても俺たちもいるからさ!」
「あーーーー!もう終わりだ。終わりだ!」
突然、1人の男性宿泊客が叫びだして、猟師の雅に飛び掛かっていった。
「お前は、自分だけ助かるつもりなんだろう?銃を寄越せ!俺に銃を寄越せ!」
もみ合う2人の間から突然大きな音がし、争いを遠巻きにしていた宿泊客の中の母娘に向かって銃弾が襲いかかった。
「!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁーーーーーー」
「お、お前が撃ったんだ!お前が!この人殺しがぁ!」
もみ合った上の暴発といえども母娘を撃ち殺してしまい、茫然とする猟師 雅の手からショットガンをもぎ取った男は
「近づくな!誰も近づくんじゃね!お、俺だって使い方くらいわかるだ!え、映画ではこうやって・・・」
見よう見まねで次弾を装填した男は血走った眼で自分の周りの宿泊客に銃口を向けていた。
勢いよく扉が開かれ
「何!今の銃声は?」
89式を肩に押し付け銃口を向けながら、木村3曹と由紀が部屋に踏み込んできた。
「お、お客様が雅坊とがもみ合って、銃が暴発したんです。」
「お、俺ちゃない!らっまっててろ!うろつきが!」
ショットガンを奪った男は呂律が回らず、口の隅から泡のような物を噴きながら、木村2曹に事情を説明した従業員に向かって銃口を向けた。
「この!ぞんひが!」
男は狂ったのか?いきなり従業員に向かって発砲した。ショットガンにはダブルオーシェルが装填されており、8発の鉛弾が従業員をその周りにいた宿泊客に襲い掛かった。
「きゃぁぁぁぁ」
「痛いぃぃぃよぉぉぉぉ」
「お母さん?おかあさん?いや!いやぁ!いやぁぁぁぁぁぁ!」
男の発砲で、一気にパニックは広がり宿泊客は争うように出口に向かって殺到した。
間一髪のところで由紀は木村に突き飛ばされたことにより、パニックに陥った数十人の押しつぶされずに済んだ。
「いや!離してよ!」
「離しななさい!」
争う声に顔を向けると、狂った宿泊客はあろうことは、由紀の姉である由真の手を取り、由美子に銃口を向けていた。
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