錆びた爆弾
少女はまるで僕の首を舌で舐めるかのように指の腹で撫でた。僕はこの少女のことを良く知っている。近くの家に住む二歳年下の中学生で、僕の従兄妹だ。僕らは従兄妹の癖に双子のようにそっくりだった。少女は僕と僕の姉より似ていて、僕は少女の二卵性双生児の姉妹より似ていたのだった。鏡を見るかのようにそっくりな僕らは今、お互いに向き合ってソファに埋もれていた。少女に僕が押さえつけられるような格好で、他人が見たら顔をしかめることは間違いがなかった。
ソファの近くのガラスのテーブルから赤のボールペンが転がり落ちた。そのガラスのテーブルは僕が家具店で一目惚れして両親が嬉しそうに買ってくれたものだ。僕はあまり物を欲しがらないから、きっと何かを欲しがるということをしたのが嬉しかったのだろう。少なくとも僕にはあまり理解の出来ないことだったが。ガラスのテーブルの上にはさっき転がり落ちたボールペンのほか、参考書が散乱していた。受験勉強をしていたからだ。
少女が僕の無言に堪えられなくなったように口を開いた。抵抗しないの、と僕に静かに問いかけてくる。僕は何も言わない。成長期の遅い僕は少女より背が低く、スポーツを今まであまりやらなかったせいで筋肉もあまり付いてない。対して、少女は学校の体育祭で大活躍をしそうなスポーツマンだ。幼い頃から水泳とテニスを主に様々なスポーツをしてきて僕より背丈が高い。勝ち目のない戦いを僕はするつもりはない。少女はまたしても何も言わない僕に再び耐え切れなくなったのか、再び口を開いた。
「猫を殺したの」
僕は少しだけ目を見開く。その発言に、ではなくて少女の泣きそうな震えた声に、だ。僕は言った。
「どうして殺したの」
何故、愛されるべき動物を。少女は動物が嫌いだったわけではないはずだった。
「白と、黒を混ぜた灰色の猫だったよ。とても綺麗な青い瞳をしていたの。」
少女は僕の言うことなど聞いていなかったように話を続けた。声は相変わらず震えていた。僕はそっと少女の頬に手を滑らせた。冷たい頬だった。僕の手が随分と暖かい気がして、普段冷たいとばかり言われているので不思議な気分になった。少女は僕の手を感じると、僕に抱きついた。肩の辺りに感じる暖かい湿り気で少女の涙を感じた。ただ、静かに一筋だけ涙を流していた。僕はどうすることも出来なくて、少女が僕から離れるのを待った。
すぐに、僕の肩から顔を上げた少女は最初の様に僕にまたがって、僕の首を指の腹で撫でながら僕の瞳を真っ直ぐに射抜いた。
「この手で首を絞めたの。」
少女の手には細かい傷があった。きっと猫が抵抗した跡だろう。赤茶色に残る傷跡は痛々しかった。
僕は少女の首に腕を回した。少女はいたって無表情だ。僕は、そんな少女の顔を見て同じく無表情であろう僕の顔を想像して、可笑しな気分になった。やっぱり、他人が見たら眉を寄せるような光景なのだろうと思った。
少女からは重くて苦しい雰囲気を感じない。部屋の雰囲気はからりとしていた。さっきの一筋の涙などなかったかのようだった。僕はそんな雰囲気が嫌いではなかった。少女も同じだろう。ぼくらは鏡を見ているかのようにそっくりなのだから。僕と良く似た爪が僕の喉仏を引っ掻いた。僕は僕と良く似た色の肌の首に回した腕の力を少し強くした。それからゆっくりと爪が離れるのと同時に僕は腕の力を弱めて、ソファの上に腕を落とした。ただし、右手は僕の顔の横に手のひらが少女に向くようにして。宙に浮かんでいた少女の手は少しだけ迷って、僕の右手を重ねられた。僕は少女の、僕に良く似た左手を思い切り握り締めた。すると少女は目玉が零れ落ちるぐらい目を見開いて、それから思い切り僕に抱きついた。ソファがぎしりと音を立てた。その上で僕に抱きついて、少女は叫ぶように大きな声で泣いた。僕はぼんやりと、きっと、少女はもう猫を殺さないだろうと思った。
錆びた爆弾
(涙で錆びた爆弾は僕が全部引き受けよう。)
爆弾は少女の燃える様な破壊衝動のことです…一応は(←
中学生とか高校生って、とても不安定な時期で結構残酷なこととかをその場のノリでしてしまって後で凄く悩んだりするイメージがあります。




