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世界一のロバの行く先は

作者: 佐伯帆由
掲載日:2026/08/23



 僕とメグは幼馴染。年は彼女の方がふたつ下だけど、僕たちの村には同年代の子どもは僕とメグしかいない。他の子供といえば、メグよりさらに七歳も年下の子がいるだけだ。戦役や流行病が原因だ。

 だから当然、僕は将来、メグと結婚するのだと思っていた。お互い他に相手がいない。

 でも、メグは優秀だった。なんでも村始まって以来の秀才なのだとか。メグの両親は普通の人たちなのにメグだけ飛び出ている。村の男どもでも太刀打ちできないし、長老たちでも舌を巻くほどだ。

 例えば、村の産業は普通の農作物と共に、ポルンと呼ばれるこの地域だけで採れる果物がある。これが村の外へ売れる唯一と言っていい特産品なのだが、メグにはそれが不安らしい。


「このまま人口が減り続ければ、いずれポルンの栽培をする人まで足りなくなってしまうのに、何も対策しないのはなぜなの?」

「メグや僕が考えることじゃないよ、親父たちが考えるさ」


 親父はこの村の村長だ。だが次の村長は親父の弟の子がなることに決まっている。つまり僕のいとこ。その次は僕の子。そうやってずっと、この村では村長が受け継がれてきた。だから僕は村長になることはないけれど、早く結婚して子供を持たなければならないんだ。年が合うのはメグだけだから、僕とメグが結婚するのは昔からの伝統なのだ。子供の頃から、それが当たり前だと思って育ってきた。

 



 ある日、村に領主様がやってきたのでみんなでびっくりしていると、領主様はメグに会いにきたのだという。メグの噂を聞きつけたとか言っていた。

 メグの家では領主様をおもてなしすることができないだろうと、我が家にメグを呼び寄せて領主様と対面させた。メグははじめは遠慮がちだったが、次第に楽しそうに話すようになった。

 領主様はメグとの話を楽しそうにしているが、さっきから馬の話ばかりしている。領主様ってこんなに馬好きだったんだな。


「ロバから駿馬が生まれたんだな」


 領主様が言うとメグはにっこり笑った。


「違いますわ、ロバの両親はロバの娘を産みましたけど、世界一のロバになるよう育ててくれたのです。それだけですわ」


 メグが答える。領主様は目を見張ってメグをしげしげと見た。


「……なるほど、世界一のロバか。そこらの駄馬よりよっぽど役立ちそうだな」

「お役に立つことをお約束いたしますが、ロバにはロバの、馬には馬の役立ち方があるものです。領主様の思い描かれる役立ち方とは異なりました場合はご容赦いただきたくお願い申し上げます」


 領主様は声をあげて笑った。今の話のどこがそんなに面白かったのだろうか?


「いいだろう!気に入った。確かに君の優秀さでは村の慣習とは馴染めないだろうし、村の連中も君の扱いに困るだろう。わかった。希望通り、領都の学院で教育を受けるといい。援助しよう。ただし、君は将来、その優秀さとこれから得る知識を領に還元せねばならないよ」

「承知しております。微力を尽くします」


 僕は頭が追いつかず、二人をただ交互に見つめるしかできなかった。


 どうやらメグは村の外の学校へ入学することになったのだとか。なんでも、とても優秀と領主様に認められたので、勉強してもらうためにわざわざ学校が呼び寄せたんだそうだ。こんなことは村始まって以来だ。

 メグは嬉しそうだ。ポルンを買いに来る商人も「快挙だ」と喜んでいる。


「でも、村の人たちは誰も喜んでいないわ」


 メグがこぼした。


「当たり前だろ?大反対だよ」


 僕が言うとメグは大きく目を見開いた。


「だって、メグがいなくなったら、僕は誰と結婚すればいいんだ?」

「……え?」

「だってこの村には年頃の若者は僕とメグしかいないし、メグだって僕しかいないだろう?」

「……は?」

「村の皆だって、当たり前だと思っているじゃないか。もう、うちにメグの部屋だって用意したし、母さんは結婚式用のメグの服を作り始めているんだよ」

「……は?」

「勉強なんかしたって役に立たない。意味のわからないことを言っていないで、早くうちに花嫁修行にこいよ」


 メグは僕の顔をしばらくまじまじと眺めていたが、表情を引き締めると低い声で言った。


「リチャード・スパロー」


 メグがこうやって僕をフルネームで呼ぶ時は、これから説教をする時だ。僕はこれだけでも逃げたくなる。


「私、あなたにプロポーズされた覚えも、承諾の返事をした覚えもなければ、両親に正式に挨拶してもらった覚えもないんだけど?」


 僕はギクリとした。そう、確かに、彼女にちゃんとは申し込んでいない。じいちゃんには、「こういう事はきちんとしないとな」と言われていたが、恥ずかしかったし、そんなことわざわざしなくても別にいいじゃないか。既に決まった結婚なんだ、恥ずかしい思いをあえてすることはない。口約束すらしていないのは珍しいかもしれないけど、正式に申し込みに行くなんて、照れくさいじゃないか。


「そ、そんなの必要ないだろう、もう決まってることなんだから」


 だがメグは激しく頭を振った。


「決まっていません。そんな一方的なこと受け入れられるはずはないわ。あなたと結婚なんてしたくありません」

「……え?」


 僕は心底、びっくりして言葉を失った。


「……したいとかしたくないとか、そういうことじゃないだろう?冬の次には春が来るみたいに、僕たち結婚するのは決まってるんだ、そうじゃなければ子供ができなくなってしまうし、そうなれば村が無くなってしまう」

「……違うわ。たとえ私たちが結婚して村の習慣にどれだけ忠実だったとしても、村の存続はもう難しくなっているのが問題なのよ」


 僕はカッとなった。また意味のわからないことを言って混乱させようとしているんだ。彼女は時々、こうやって理解のできないことを言うので僕は奥歯を噛むしかなかったけど、今回ばかりはそうはいかない。


「とにかく村から出て行くなんて、そんなことはさせないからな」

「あなたの許可は必要ないわ、なんの約束もしていなかった人に私の身の振り方に口出す権利はありません」

「親父は村長だ、親父が決めたことには従うんだ!」

「私が学校に行くことは領主様がお決めになったことで、領主様がお決めになったことに従うのは、冬の後に春が来るくらいに決まっていることでしょう?」


 メグはそう言うと背を向けて帰ってしまった。



 僕の話を聞くと親父は激怒した。親父は領主様に、「メグは息子と結婚が決まっていますから、外へは出せません」と申し入れていたそうだ。それにメグだって当然断るだろうと思っていたらしい。

 僕だって、メグは当然僕と結婚するつもりなんだと思っていた。「あなたと結婚なんてしたくない」というメグの言葉が頭の中に何度も聞こえてきて、ショックでフラフラした。

 メグの家に二人で行くと、メグの親とメグ、それにメグの兄が待っていた。親父が早速不義理を責めると、まずはメグの父親が口を開いた。


「不義理とは?リチャードくんは、いつまで経ってもウチのメグとなんの約束もしなかったので、娘と結婚する気がないんだろうと思っていたんですが?」


 僕は首をすくめた。今まで何も約束しなかったことだけは親父からも怒られたからだ。


「い、言わなくても当然わかっていただろう!息子と年周りが合うのはメグしかいないんだからな!うちだって嫁として扱っていたはずだ!」

「まあ、私、嫁として扱われていたんですか?全く気づきませんでした。幼馴染の延長なのだとばかり」


 メグが口を挟んだ。黙り込む親父を前にメグはため息をついた。


「おじさん。この村には子供が少ないのはなぜだと思います?」

「君のように村から逃げ出そうとする若者がいるからだ」


 メグは再びため息をついた。


「……このままでは、この村からは人がいなくなってしまいます。いいんですか?」

「わしらだってなんとかしたいと思ってる!でも天気もずっと悪いし、戦争はあったし」

「隣村の多くは、ここと同じように戦禍にも悪天候にも見舞われましたが、ここほど過疎化が進んでいません」

「わしらだって、できる限りのことは、思いつくことは全部やっているんだ!毎日祈りも捧げている!」

「……祈り?」

「そうだ、我が村をお救いください、どうか奇跡が起こりますようにと」


 メグは目を見張ってまじまじと親父を見ていた。そのうちふと目を閉じると今までで一番大きなため息をついた。再び開いた瞳には、見たことのない色があった。


「おじさん、私は、おじさんたちが朝から晩まで必死に働いているのはわかっています。それに、子供を産んで育てるのがいかに大変で命懸けで、村にとって一大事なのかも。でもリチャードにも言いましたけど、たとえおじさん……村長の言う通りに結婚して子供を産んだところで、村が蘇るはずもありません。村長だって本当はわかっているでしょう。この村は限界だということが」


 親父は黙り込んだが拳がブルブルと震えていた。激怒している証拠だ。


「私はリチャードと結婚して子供を持つのではなく、私なりの方法で村に貢献したいと思っているんです。私は領都に行きますよ。村長の許可は要りません」


 親父は机に拳を叩きつけた。


「ああ、そうしろ!こっちだってお前のような生意気な嫁はいらん!馬鹿にしおって」


 扉を乱暴に開けて出て行く親父の後を追いながら僕はメグを一度だけチラリと振り返った。泣いているかと思ったけど、なんだかホッとした様子だった。

 僕にはメグの言った意味がわからなかった。僕にわかったのは、メグは僕と結婚したくないんだということだけだった。




 そんな経緯だったので、メグの家と俺の家は全く交流がなくなってしまった。とにかく親父が「あの家とは関わるな」と頑なに拒否するのだ。だがメグの一家はなぜだか何かと頼りにされることが多く、他の村人はこれまで通りの交流があるみたいだった。親父の弟一家も出入りしているらしい。僕らの前ではメグの関わる話をしないのでよくわからなかったけれど。



 メグがいなくなってからどれくらい経った後だったか、以前よりも多くポルンを買いたいという人たちが村へ来るようになった。その人たちは、メグが「はんろをかいたくした」とか言っていた。よくわからないが、どんな勉強より、家のことを学んで欲しかった。

「ひんしゅかいりょう」されたポルンも、メグは村に贈ってきた。南部で流行しているんだとか。商人が、入手困難なのによくもこれだけ確保できたものだと感嘆していた。でも僕はそんな贈り物は欲しくなかった。それよりも早く帰ってきて僕と家族を持って欲しかった。

 さらに時が経った頃、街道が近くを通ることになった。「けいかくにじんりょくした」のはメグだということだ。僕にわかったのは、もうメグは帰ってこないつもりなのかもしれない、ということだった。


 しばらくして僕は、村で未亡人となった女性と結婚した。彼女の夫は戦争に行ったが、生死のわからないまま二年が経ったのだ。その未亡人には子供がいたが、元夫の家が跡取りとして欲しがったので残して来た。

 僕としては結婚に前向きだった。子供が産めることがわかっている女性なら安心だし、僕にも村にも跡取りが必要だし、これ以上メグを待ってはいられなかったのだ。メグが帰ってきたら居場所がないが仕方がないだろう、出て行ったのはメグの方だと、僕は僕をなだめた。



 街道を敷く工事のため、村に多くの人が立ち寄るようになった。

 食料を欲しがる人もいたので、村はずいぶん潤うようになった。

 メグの家は自宅の隣に大きな宿屋を建てた。よそからの人が宿泊所を必要としていたからで、メグの両親や兄夫婦が楽しそうに部屋を整えたり宿泊者のための畑をひらいたりしている。そう、メグの兄は外からの娘と結婚したのだ。どこに宿屋を建てるようなカネがあったのかと腹が立ったが、人づてに聞いたところによると領主様が出資したらしい。よそからきた人間が手伝うようにもなって賑わっている。

 村人たちがこぞってメグの一家の言うことを聞くようになっているので、親父は悔しいらしい。「都に染まった一家」だの「よそ者が幅を利かせて」などと愚痴を言う。


 僕、あの子のこと、嫌いじゃなかった。

 今更だけど、あの日、もうメグと結婚しないんだとわかったあの日、僕は家に帰ってから泣いたんだぞ。

 親父は黙って僕にハンカチを寄越したけど、それは昔メグが親父に贈ったものだと、親父は覚えていただろうか?


 そのうち子供が生まれた。男の子だった。ずっと不機嫌だった親父が小躍りして「立派な村長になるぞ!」と言って喜んでくれた時は、僕も嬉し涙が出た。

 可愛い我が子の寝顔を眺めながら、喜びを噛み締める。すると、この子が村長になる頃、この村がどうなっているだろうかと考えるようになり、そうするとどうしてもメグのことが思い出される。

 メグはしきりに、村は限界なのだと言っていた。でも、今の村は以前と比べて活気がある。メグが苦労して融通してもらったという新しいポルンは収穫が成功して、外の人がさらに多くやってくるようになり、ここに移り住む人も出てきた。街道が完成すれば、村に来る人も物も増えるだろう。

 僕にはようやくわかった。これは、メグのおかげだ。メグが僕と結婚しないで村から出て行ったおかげなんだ。

 このことを考えると、いつも心の奥が痛い。自分の気持ちもよくわからない。メグに会いたいような会いたくないような気がするし、メグに感謝するような悔しいような気もする。幸せになっていてほしいようなそうでないような、とても複雑な気持ちだった。

 


 そんなある日、親父が倒れた。

 街道敷設の労働者に付き添っていた医師が急遽呼ばれ、その処置のおかげで親父は命は助かった。敷設工事が近くだったおかげだし、それはつまり街道を誘致したメグのおかげだということになる。親父もそれがわかっているのか、メグ一家への愚痴を言わなくなった。

 けれど、村長を続けるのは負担だろうと、僕のいとこへの代替わりが決まった。その手続きのため領主様が村まで来たが、共に領都から訪れた人々の中にメグの姿を見つけて、僕は息を呑んだ。

 村の唯一の宿屋であるメグの家に、一行は入っていくところだった。メグは見たことのない表情で柔らかく微笑んでいる。下ろしていた髪も今では美しく結い上げられ、服装もこの村ではとても手に入らないような立派なものだった。僕はただ立ち尽くしていた。

 一行が宿屋に消えてからようやく、僕は呪縛から解かれたように我に返って息をついた。するとすぐ領主様が一人、出てきてこちらにやってきた。僕はお辞儀も忘れて緊張した。


「やあ、リチャードくん。久しぶりだね」


 領主様が僕の名前を覚えていたのにも驚いた。


「君の姿が見えたのでね。子供が生まれたそうだね、おめでとう。一言、お祝いを言いたくてね」

「あ、ありがとうございます。領主様も、お変わりなく……」


 そうして村の現在についてしばらく雑談した後、領主様が表情を改めた。


「新しい村長や君、それに君の息子にも、知っていてもらうべきだと思ったのでね。メグのことだ。今はマーガレットと名乗っている」

「……マーガレット……?」

「私の養女になったんだ。他領の男に嫁ぐことになったので、身分が必要になったんだよ。嫁げば里帰りも難しいだろうから、今回同行させたのだ」

「そう、なんですね……」

「マーガレットは本当に苦労した。領都の学園では収まりきらず、すぐに王都の学園に行った。だが地方の領の寒村出身ということは、彼女にとって重荷でしかなかった。侮辱する者たちも多かった」

「寒村……」

「酸っぱいポルン、なんて呼ばれていたな。品種改良以前の昔のポルンは王都周辺ではペットの餌だったんだよ。それでも彼女は耐えていた。ポルンの価値を高めるんだと言ってね」

「……」

「王都には幼い頃から本格的な教育を受けてきた連中がゴロゴロいる。そんな奴らとしのぎを削るのは並大抵ではない。死に物狂いで努力していたんだ」


 領主様が僕の肩に手を置いた。


「彼女はこの村に対して複雑な思いを持っていたと思う。それでもこの村を見捨てなかった。この村の賑わいは彼女の血の滲むような努力の賜物なのだと、君や新しい村長、そして村民たちにも知っていてほしいと思ったんだよ」


 領主様は僕の肩をポンポンと叩くと手を離した。


「もちろん、私や彼女の夫になる男が相当に手を貸したことも、忘れないでもらいたいけどね」


 おどけるように言ってウインクした。僕は俯くしかなかった。


「……最近ではずいぶん、勉強しているらしいじゃないか」

「あ、はい……。僕は息子が将来立派な村長になるよう教育しなければいけないのに、教育係に教育がなければ駄目だと思って……」

「いいね。頑張りたまえ」

「はい」


 ようやく顔を上げると、領主様は村の様子をじっと見ていた。


「いい村だな。ここが無くなってしまわなくてよかった」


 僕は領主様に倣って村を見やった。夕暮れ時、木々の間から家々に立ち昇る煙が見える。あの煙が一つ二つと消えて行き、ついには一つも無くなってしまったかもしれない未来に僕は震えた。それが、あの頃のメグ……、マーガレットが危惧していた未来だったんだとわかった。

 様々な思いに飲み込まれて動けない僕の肩を領主様はもう一度叩いた。


「ではな。皆で村を盛り立てるように」

「はい、領主様」


 宿屋の中に領主様の背中が消えてから、僕は息子と嫁が待つ自分の家に帰るため、踵を返して歩き始めた。



先日ふと、最後にハンカチを欲しがる昭和のあの歌を聞くことがありまして、インスパイアされて書きましたがいかがだったでしょうか。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
あの歌とは随分展開が違いますが、なんか「あー、村ってこうだよな〜」と感じさせる話でした 頑張ったね……偉いぞメグ
リチャード達は言い方は悪いけど田舎の水吞百姓ならこんな感じだよね。幸いというか権力はそれほど無いみたいだから横暴な真似されなかったのは良かったですね。庄屋みたいに権力も財力もあると村八分とかありますか…
あの歌って出た当時は都会で成功した(と思っている)男に別れを告げる田舎に残って就職した女のほうが現実的だな~、この後すぐお見合いで結婚するんだろうな~、それを男はつまんないって思ってるんだろうな~と思…
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