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祓火の番ー二十年の因縁と、封印された伝説の魔物。ハズレものの最強師匠に拾われた俺が、真実を焼き出す眼に覚醒して帝都の闇を焼き払うー  作者: ミスミシン
第八章 今際の際

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第八十八話 取捨選択

「ははははははっ! 無様っ! 無様ねぇ!!」


 振り上げた刃を、霧子が片腕でいなす。

 外れかけた肩がビキリと痛んで、俺は足裏を引き摺りながら霧子から距離を取った。

 肩なんて、ほんの一瞬でも時間があれば戻るものだ。

 多少痛くても、耐えられないほどの痛みじゃない。

 

 だが、お互い腕が一本しか動かないのに霧子の攻撃は波のように押し寄せてその一瞬を与えてくれない。

 長い武器の切っ先で刀を流され、翻る石突きにも警戒しないといけない。

 本来は両手で扱う武器なのに片手でこれをされたら、隙なんて、とても──


『巡る気流は不可視の外殻。我が前を往く者の、不可侵の盾となれっ』

「!」

乱風纏鎧(らんぷうてんがい)っ!』

 

 俺の腹を打とうと翻っていた石突きが、俺に直撃する前に見えないなにかに阻まれる。

 俺に向かって吹き荒れた風は、霧子の武器が激突した瞬間に風の本流に流されて身体が揺らいだ。

 無事だった。

 その姿を確認する余裕もなく、風をまとったままの足を深く前に、踏み込む。


荼突(だとつ)っ!」


 切っ先に僅かな炎をまとわせて、思い切り腹部に向けて突き出す。

 今度は、腹に刺さった。

 と、思うのに、恐ろしいほどに刺さった感触がない。

 まるで水ようかんにでも刀を刺したような、あまりにも軽い、けれど水よりかは弾かれる、感触。

 

 俺は即座に刺さった刀を逆手に持ち帰ると、刺さった刀をそのまま上に振り上げた。

 重い。

 内臓が刃に絡んで、骨がぶつかる生々しい感触と、皮膚を断つブツリという音。

 片腕が痺れるほどの重さをなんとか振り抜いて刀を戻せば、きょとんとした顔の霧子の腹から内臓がぼとぼとと落ちていった。

 なのに、血は、落ちない。

 

 真っ赤なのは、ニヤリと笑った唇、だけだ。


「驚いたわ。まさか火種をつけてたなんて」

「火種……?」


 一歩後方に跳んで、霧子から距離を取る。

 火種。

 腹から溢れる内臓をぎゅうぎゅうと元の位置に戻す霧子の言葉に、俺はハッとしてさらに後方に跳んだ。

 

 着地した先に、先生の赤い血が広がり始めていて酷く不快で──でも、先生に覆いかぶさるようにして直紹さんが治療をしているのに気付いたから、心臓が落ち着いた。

 直紹さんが、赤く光っている。

 それは、直紹さんの術力の色じゃない。

 明神の火種の色だ。

 さっき、霧子の腕が直紹さんを襲った時に散った火花。

 アレは、火種が直紹さんを守った光だったんだ。


「お前、どこに行ったのかと思ったらそこに居たのかよ」

「明神……」

「大丈夫、続けて下さい」


 直紹さんが霧子から逃れるために切り落とした髪がバサバサと散って、床に広がっている血に毛先が浸っている。

 先生は丸く蹲ったまま動かないが、治癒の術式のおかげか荒く呼吸をしているのがわかった。

 俺は外れかけた腕を元の位置に戻すと、一瞬呻きそうになった声を喉でギリギリおさえこんで、懐から(たすき)を取り出して背に回して腕にかけた。

 

 痛みは、まだある。

 だが、痛いだけだ。

 出血もないし、骨も折れてない。

 まだ、アイツを殺せる。


 どこに居るかと思っていた明神の火種は、直紹さんと先生の間をぴょんぴょんと跳ねながら、2人をあたためているようだった。

 2人に近いこの空間はあたたかく、寝間着に俺の着ていた羽織を被っただけの直紹さんの頬にも、少し血の気が戻っている。

 あたたかい空間に居るうちに、刀を一度納めて居合の構えをとる。

 外れていた肩がパキパキと音をたてて、背筋に痛みが走って頭痛がした。


 なのになんで、あの女は平気な顔をしているんだ。


「その火種……」

「なんだよ」

「あぁ、そう。もう、あーそういうことだったの。どーりでお坊ちゃまを完全に乗っ取れなかったわけだわ」


 内臓を戻すのは諦めた、とでも言いたげに肩をひょいと竦めて、霧子が一歩前に出る。

 だが切っ先は下に向けられたまま、のんびりと歩いている姿は攻撃をしてこようとはしていない、ような。

 だからこそ警戒して、刀を裾で拭って霧子に向ける。

 血はついていない。けれど、なんとなく、脂は残っているような気がして。


 霧子は俺のそんな動作を見ると不愉快そうな顔をしてから、はぁーと長く白い息を吐き出した。

 寒さの中では勝手に白く染まる、普通の吐息。

 それが徐々に真っ黒に変化していって、薄ぼんやりと明るい空間の中では逆にハッキリと異質に映る。

 その黒さは、まるで──


「もういいわ。全部食べましょう」


 ゴンッ

 霧子の刀が床にヒビを入れて、そこからじわじわと黒い影が広がっていく。

 でもそれがただの影ではない事は、俺達にはハッキリとわかった。

 夜住。

 今までは少しも気配の無かったその存在が、霧子にまとわりつくようにして地面から立ち上がっていく。


 その姿は、まるで人間のそれのようだった。

 黒い壁でも、獣のようなソレでもない。

 人間のような両手足がある、頭だけが存在しない影。

 まるで、首を落とされた武者が再び立ち上がってきているかのような光景に、不気味さで空気が重くなる。

 

 その数も、1人や2人じゃない。

 霧子が歩き、光源がズレて伸びた影から出現する者。

 鳥居の影から出現する者。

 あの巨大な扉の隙間から出現する者と、影という影から出現したのだ。


「ソウ、ちゃ……」

「……っ先生」

「アレ、だめだ……直紹連れて、逃げて……」

「何を言っているんですか!」

「アイツがさっき、言ってた、でしょ……僕と、直紹が、しねば……」


 先生と直紹さんが死ねば、オロチが蘇る。

 霧子は確かに、そう言っていた。

 オロチの残滓を抱え込んでいる先生と、オロチの肉体の鍵になっている直紹さん。

 でも──逆に言えばそのどちらかを守りきれば、オロチは復活しない。


 ノロノロと顔を上げた先生は、血を吐きながら咳き込んで、直紹さんを引き離そうとした。

 いつも真っ白な先生の、滅多にない「色」。

 どうしていつも、その色を見る時はこんなにも悔しい気持ちになるんだろう。

 霧子からは視線を外さずに、視界の端でゆっくり動く先生に意識を固定する。


 全方位の影からは、無数の夜住が出没しつつある。

 真ん中に居る霧子は、両手を広げて自慢げに、こちらを見下して笑っていた。

 あの女もわかっているんだ。

 今の俺では、2人を抱えて逃げる事は出来ない。

 

 どちらかしか、選べない──


「嫌です……嫌です!」

「なおつぐ……」

「どちらかが死ぬなら私が死にますっ! 私にして下さいっ!」


 直紹さんだって、本当は分かっている。

 怪我人と病人を背中に、戦えるのは1人だけ。

 対して敵は、今もボコボコと地面から沸いて出てきている。


「知っているかしら、明神宗一郎くん」


 さっきの3体1の構図をひっくり返したからか、霧子が実に楽しそうに己の爪に視線を落としている。

 すでに何箇所か剥がれかけていた爪を噛んで剥がして、捨てた先からも夜住が生まれた。

 この女は、今、なにをしているんだ。


「夜住っていうのはね、人間の恨み嫉みに後悔欲望。とにかくいろんな負の感情から形作られるの」

「そのくらいは知ってる」

「ふふふ、そう。そうよね。じゃあ……意思を残したまま人間が夜住になれるのは?」


 は?と言いかけて、グッと言葉を飲み込んだ。

 俺は今まで、死にかけて、精神が堕ちかけたことで夜住に「成りかけ」ている人間を殺してきた。

 夜住の兆候を示す黒い煤を放つ人間を斬って、煤にして、火種の餌にしてきたんだ。


 そういう兆候を示す「成りかけ」の中にも、まだ意識を残している者は居た。

 俺が殺すまでは、まだ「人間」と言える存在は、確かに居たんだ。

 けれど、兆候を示している段階でもうその「人間」は「夜住」という分類であり、厳密には「人間」ではない。

 完全に夜住になってしまえば、人間は意識も知恵も失って、ただ暴れるだけの怪物に成り下がってしまうのだから。


 霧子の言葉は、その、今まで伝えられてきた夜住の原則を覆すものだ。

 意識のある夜住なんて、聞いたことも見たこともない。

 チラリと直紹さんを見ると彼も必死に首を振っているから、俺と同じなんだろう。

 でも、それでも、


 今眼の前に居る女を見てしまえば、その話は「嘘だ」と、言い切る事なんかは出来そうにない。


「この帝都にも、風葬地*1ってあるのよね。そこには、たくさんの死体が、当たり前に放り捨てられているの。死体さえあれば、僅かにでも残っている怨念をいくらでも増幅してやれる」


 ゾロゾロと、俺達を包囲している夜住が距離を縮めてくる。

 首ないように見えるのはそういう事かと、舌打ちが出た。

 首を落とされた者の成れの果てだから、頭部がないように見えるのだ。

 頸部と頭部がなければ、狙える弱点が2箇所「ない」のと同じ事。


 背後で、びしゃりと液体が床を叩く音がした。

 先生。

 火種があたためているはずの空間が冷えていき、先生の体温がオロチに奪われつつあるのが、見なくてもわかる。


『信じたくないことを信じなければいけない時には、取捨選択から始めるものだよ』 


 あぁ、嫌だ。冗談じゃない。

 そうは思うのに、かつて先生に教わった言葉が、頭の中でグルグル駆け回っては消えていった。

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