表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
祓火の番ー二十年の因縁と、封印された伝説の魔物。ハズレものの最強師匠に拾われた俺が、真実を焼き出す眼に覚醒して帝都の闇を焼き払うー  作者: ミスミシン
第八章 今際の際

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

85/90

第八十五話 天罰、降下

 怒りが沸騰する、という言葉はこういう時に使うのだろう。

 火種に導かれて鳥居の下を歩いていた俺と先生は、不意に前方から話し声がし始めたことに気がついた。

 咄嗟に、先生が俺の羽織を掴んで唇に人差し指を当てた。

 何も言うな、喋るな、という動作。

 俺は羽織を掴んだ先生の手を二度叩いて「了解」を示してから、先生を地面に下ろしてゆっくりと、足音を殺して前に進む。

 本当は先生を抱えたままでいたかったけれど、先生の分の体重が加われば足音も重くなってしまうからだ。


 変わりに、先生は俺の背中を掴んで同じように足元に注意しながら進む。

 時折苦しげに乱れる呼吸は、必死に袖で飲み込んでいるようだった。

 火種は、先生が高く高く飛ばして自分たちを照らさないように隠す。

 火種が遠ざかれば、この地下道はうっすらとした明かりしかない、ほとんどが暗闇の世界だった。


 影が真っ黒で、鳥居の影に入れば自分の指先すらよく見えない。

 それを利用して鳥居の影を選んで進むと、高らかな笑い声が聞こえてきて、脳が煮えるかと思った。

 深神霧子。

 あの女が、寝間着一枚の直紹さんの髪を掴みながら、楽しげに話している姿が、遠目に見えた。

 霧子が何か術式を使っているのか、それともあの場に何か術式がかかってでもいるのか。

 霧子の影と直紹さんの白い寝間着はやけにハッキリと、浮いて見えた。


「──でも、肉体の方はずっと、私が掴んでいたのだもの、お相子よ」

「肉体……」

「アンタの中に封印してあるものよ、神風直紹」


 クックッと喉の奥で笑いながら、霧子が直紹さんの胸を指先でつついた。

 途端に、そこを抑えて直紹さんがうめき声をあげる。

 さっきまでの先生のようなその苦しみ方に、ゾッとした。

 肉体と、封印。

 オロチの封印のことを言っているのだと、すぐに理解が出来て、俺の羽織を掴む先生の手にも力が入った。


「アイツらが凄く腹たったから、アンタの血液でオロチが復活するようにしたの。苦労したわよ? アンタの身体が死なないように、オロチの肉体と繋げるのは」

「ど……いう……」

「アンタが死ねば、オロチは復活する。オロチは、アンタの血と帳の命を吸って復活しようとしているの」


 あぁ、くそっ。

 唾棄したくなるその言葉に、俺は音を立てないようにするのが精一杯だった。


 直紹さんの貧血体質も、あの病弱さも、すべて霧子が仕組んだものだったんだ。

 もしも霧子に何もされていなかったなら、直紹さんはどんな人生を送っていたんだろうか。

 寝込むことも血縁者に振り回されることもなく、好きに走って、刀を振ることだって出来ただろう。

 霧子はそれを、己の欲望もためだけに奪ったんだ。


 はぁ、とゆっくりと息を吐き出すと、真っ白い息が頬をくすぐる。

 目がズクズクと痛んで、暗さなんか段々と気にならなくなってきた。

 この眼が──オロチの眼が、暗闇を破っているのだ。

 真実を暴く、オロチの眼。その眼球が今、霧子を射抜いてその奥を見つめようとしている。


 霧子は本当に楽しそうに、愉快そうに直紹さんの髪を掴み、引きちぎろうとするかのように引っ張る。

 美しさにも強い執着を見せるというあの女のことだ、直紹さんの髪一本にだって嫉妬してもおかしくない。

 先生を自分の影に隠しながら、俺はジリジリと霧子との距離を詰めた。

 先生には、ここに残っているようにと、羽織を掴んでいた手を鳥居につけてやる。

 意図が伝わったのか、先生は真っ直ぐ霧子を見ながら頷いて、小さく口を開いた。


 術式はいつでも放てる。

 先生がそう言っているような気がして、俺は身をかがめながら霧子に近付く。

 あの女の言葉を真剣に聞くことはない。

 ただ、腹が立つだけだ。


「やっと殺せるわ。私、アンタのことも大嫌いなの」


 そんな風に嘲笑った霧子の顔は、もう俺達の知る「霧子さん」のそれじゃない。

 邪悪で、おぞましく、下品な笑み。

 それを見て、直紹さんが薄っすらと口角を上げたのがわかった。

 

 胸を抑える手が僅かに揺れて、一瞬だけ俺を指さしたような、そんな錯覚を覚える。

 いや、錯覚ではないのかもしれない。

 俺は咄嗟に足を広げると、腰を落として刀に手をかけた。

 まだ鞘走らせはしない。少しでも音をたてれば、あの女に気付かれる可能性がある。

 

「……最後に、聞かせてくれ」

「なによ」


 だが、まるで俺の動きが見えているかのように、直紹さんがゆっくり顔を上げて笑った。

 その笑みは、霧子のものよりも美しく見える。

 寒さに青ざめ、指先が真っ赤になっているというのに、直紹さんは強気に霧子を見上げた。

 霧子が口を開くのに合わせて、抜刀の形に柄を握る。


 合図がある、絶対に。

 


 

「その年まで男に相手にされなかったから、男が嫌いなのか?」




 バチンッという音は、俺の知っている平手の音よりもずっと重く、高く、地下道に響いた。

 まさか直紹さんがと、一瞬呆気に取られてしまうような、そんな一言。

 俺は、霧子が手を上げるのを目撃するのと同時に、地面を蹴った。

 背後から、背を押すように風が巻き上がるのがわかる。

 一歩一歩が、とても軽い。


 バチンッ

 もう一撃、霧子が返す手で直紹さんの頬を張り、同時に俺は刀を抜き放った。

 シャリッと鞘走りの音がして、踏み込んだ足裏から火花が散る。

 三度目、直紹さんの言葉が相当に「効いた」らしい霧子は俺の方に気付きもせず、直紹さんの髪を掴んで手を振り上げる。

 だがその手は直紹さんを打つ前に空を切った。


 霧子に向けて飛び込んでいった直紹さんが、奪った小刀で髪を切り払ったのだ。

 今まで何度となく共に修練し、20年の間に互いの装備を何度も確認したからこそ知っていた、霧子の補助武器。

 それを掴んで髪を切れば、強く引いていた分反動は強く、弾かれる。



「明神っっっ!!」



 直紹さんの叫びに、霧子がようやく顔を上げた。

 だが、遅い。

 火花に音を食わせて肉迫していた俺は、刀にまとわせていた炎を一気に噴き上げて、霧子の腕を狙った。

 頭部から、上腕部。どこを狙っても、大きな傷になるのは間違いない、その位置。


供炎(ともえ)っっ!!!」


 霧子が掴んだままの直紹さんの髪と共に、霧子の上半身に炎の一撃を叩き込む。

 刃よりも、炎の威力を上げて上げて、叩きつけて、攻撃の反動で僅かに浮いた刀を、もう一度ぶつける。

 炎が触れた瞬間、霧子の上半身が炎を巻き上げて地下を赤く照らし出す。

 悲鳴は焼ける音に絡み取られて、ガラガラとした無様な音でしかなくなっていた。


 二撃必殺。通常の夜住であればこれだけで討祓出来るほどの一撃。

 ──これで倒せているとは、俺も、直紹さんも、思ってはいない。

 これで倒せるような女なら、先生や直紹さんのお母さんがとっくに、殺してる。

 だが、俺達だって手がこれしかないわけじゃない。

 俺は、直紹さんの腕を掴むと、勢いよく後方に跳んだ。


『影は泥へ、光は刃へ。伏して天の白を仰げっ!』

「なっ……!」

『神守流白術・極光鍾(きょっこうしょう)っ!』


 身体から炎が消える前に、霧子の頭上に出現した幾本もの光の柱が、凄まじい重圧をもって降り注ぐ。

 石の床を叩き割る勢いのソレから回避するために、俺は直紹さんの頭を抱えこんでゴロンゴロンと地面を転がった。

 材質が石なせいで肩や背中が痛かったが、防刃の分厚い装備であるおかげでいくらかマシだ。

 もし先生や直紹さんが転がっていたら、「ちょっと痛い」なんて程度じゃ済まなかっただろう。

 

 一陣が降り終わったかと思えば再び降り落ちてくる光の柱に、押しつぶされた肉体から血飛沫が上がる。

 圧迫されて膨れた皮膚が耐えきれずに弾ける様は、まるでしなびたトマトのようだ。

 俺は刀を抜き放ったまま構えつつ、その姿から目を離せない。 

 光の柱の圧は、風向の無かったはずの地下にも風を巻き起こし、冷たい風が俺達を叩いた。


 だがその合間にも、確かに聞こえたのだ。

 女が楽しそうに、高らかに笑う、その声が。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ