第七十六話 命の覚悟、最後の灯守
「オロチの所に……行く?」
「うん、そう。忘れてない? 僕はもう、1度オロチの所に行ったことあるんだよ」
あ、と声をこぼして、どこか自慢げな先生を見る。
そういえば、そうだ。先生は1度オロチと正面対決をしに行ったことが、ある。
どこにいるんだ、なんて探さなくても、先生はその場所が分かるんだ。
無意識に、刀の鍔を鳴らす。
1度壊れた懐刀の鞘はまだ新調出来ていないから布を巻き付けただけだが、どうせすぐ戦うのなら、ちょうどいいじゃないか。
「霧子が明日動くかもしれないってのは本当。だから、先に動いておきたいんだよね」
「……オロチって、もう肉体はないんですよね? 残穢は、先生が」
「そうだね。肉体がないってのは誤算だったけど、まぁ居る場所が場所だからある程度は納得かなとは思うよ」
「場所って、どこなんです?」
「地下だよ」
「地下?」
「そう、僕達が立ってるこの帝都の地下。そのほとんどを網羅するほど、オロチはデカい」
ハッ、と息を呑んで、床を見る。
俺達の側で控えていた家人も、同じように青い顔をして床を見た。
先生はオロチとの戦いの後、市街地から少し離れた所にある俺の実家の近くで倒れていた。
だから俺は勝手に、オロチとの戦いは山間部であったんだろうとか、なんか社とかがあるのかもしれない、とか。
そんな勝手なことを思っていたけれど……
この地面全体に、オロチが居る。
となれば、帝都の熱を吸収しているというのも納得という他ない。
何より、帝都の熱を吸収して蘇った時の被害が──日本が壊れるかもしれないと伝えられていたソレも、大袈裟ではないのかもと、思ってしまう。
ゴクリと息を飲み、ぎゅっと刀を握る。
「でも、肉体がないならどうにかなるんじゃないかな。僕に呪いをかけている残穢を抜き出して、そいつを倒す」
「それは、先生には影響はないんですか?」
「わかんない」
シレッと言う先生に、眉間を揉んだ。
先生の身体から呪いの元凶であるオロチの残穢を抜き出すというのは賛成だけれど、それで先生に何かあったらなんの意味もない。
けれどきっと、この人はそういうものを加味したうえで「わかんない」と言っているのだろう。
それはもう、長い付き合いで理解しきっている。
この人は、自分の存在を度外視するクセがある。
自分の命すらも、作戦の外に放り出してしまうだろう。
思わず先生を睨むと、先生は俺の視線を感じたのか笑いながらパタパタと手を振った。
「死にたいわけじゃないよ。今の僕には責任があるからね、死ぬつもりはない」
「じゃあ……」
「でも僕は、僕の命と君の命のどちらかを選べと言われたなら、君の命を選ぶよ」
「それは俺もですけど……」
「その上で、直紹と僕の命でどっちが重いかと聞かれたら、直紹って言える。僕ごと残穢を殺せば祓えるなら、祓うべきだ」
さも当然のように言う先生に、グッと拳を握りしめる。
実際、命の天秤の重さは先生の言う通りかもしれない。
もう当主という立場から解き放たれている先生と、当主である俺と直紹さん。
命の天秤は、残酷な命の取捨選択を強いたうえであっさりとその重さを量るだろう。
俺達も、刀持ちたちも、いつだって覚悟をしている。
自分の命ひとつでたくさんの命を救うことが出来るのなら、自分の命を差し出そう、と。
だから今、先生に「命を大事にしろ」とは、言えない。
それが、こんなにも苦しいとは思わなかった。
「ま、ただ死ぬつもりはないよ! 霧子のこと、一発でも殴りたいしね」
「そんな明るく……」
「勝算が100あるわけじゃないけど、霧子の思惑をちゃんと知って対抗策を打つには、オロチの所に行って確認しないといけないでしょ。少なくとも、霧子は肉体と残穢を重ねる方法を知ってるってことなんだし」
「あ……」
「いざって時には僕ごと残穢を祓う。でも、その後肉体が暴走するようじゃあなんの意味もない。だから僕は、肉体もちゃんと始末するまでは生きるつもりだよ」
ポンポンと肩を叩いてくる先生に、俺は安堵ともつかない溜め息を吐いた。
時間制限のある「生きるつもり」は、安心材料になんかなりはしない。
でも、オロチを見た瞬間自殺する、とかいう最悪な手段を取ろうとしているわけじゃないのには安心した。
直紹さんの父親の遺した日記には、霧子が直紹さんを生贄にして肉体と残穢を重ねるとかなんとか、書かれていた。
だからおそらくは肉体の再生には直紹さんが何らかの形で関わっているのだろうことは、分かっている。
逆に言えば、それだけ、なんだけども。
でも、直紹さんを守りさえすれば、という糸口でもある。
「お、来たね」
俺を眺めていた視線を外して、先生が廊下の方を見た。
開きっぱなしだった戸の向こうは部屋の中よりも少し寒く、けれどハッキリとした熱が近付いてきているのが、俺にも分かる。
現れたのは、葵だった。
空の角灯を2つ持った葵は、ともすれば強面とすら取れる顔をギチギチに固めて、俺達を睨みつけるように見る。
それから、部屋の中に入ってくると崩れるように膝を折り、頭を下げた。
ドン、と足元が揺れるほどの重みを持ってつかれた膝の勢いに、ちょっと驚く。
「明神殿、俺を神風の灯守に認めていただきたい」
「……直紹さんには?」
「寝ていたので、御神苗殿に、認可をいただいた」
「和穗~……」
「んじゃ、葵は直紹にぶん殴られる覚悟を決めたってことだね?」
ニヤニヤとしながら、先生は葵の眼の前に膝を立てて座った。
子どものような座り方をする先生に、葵は少しだけ顔を上げてから頷く。
「何発でも」
「あはは! いくら君でも死ぬよソレ」
「はぁ……俺は先生とお前がいいならいいと思うけど……死ぬなよ」
葵は、「死にません」とは言わなかった。
ただ頭を下げて、角灯をこちらに差し出してくる。
そりゃあそうだ。
これから俺達が向かうのは敵の本拠地だし、霧子が直紹さんを狙ってくれば葵だって危ないだろう。
だから、死なないとは言えない。
それは、葵の覚悟ともとれた。
2つある角灯のうちひとつを、先生が受け取る。
その角灯には鉄か何かで引っ掻いたように明神の家紋が掘ってあって、先生が壊したものの代用を用意してくれたのだということが分かる。
もう1つが、葵のものだ。
この角灯に、これから仕える家の刀主の血を入れれば灯守と刀主の契約は完了。
だがそれが叶わない場合──主に、自分の主となる刀主が床に伏したり側に居ない場合には、他の家門の刀主の術力を角灯にこめることで契約を認める儀式とする。
本来刀主と灯守の契約は、命を預ける大事な番契約だ。
だが同時に、この帝都を守る戦力である側面もあるから、他者が認めることでの契約も行える。
自分の家の刀主の承認を受けずに灯守になれる方法は本来好まれないけれど、だからこその覚悟だ。
葵は死ぬ覚悟と、死なない覚悟と、直紹さんに殴られる覚悟を決めて、俺達の所に来た。
和穗もきっと、彼の覚悟の目を見たから、承認したんだろう。
俺はそっと、何も入っていない角灯に触れる。
先生も、ついでとばかりに角灯に触れた。
明神と神守、それから御神苗。3人の刀主の術力を受けて、角灯がちらりちらりと、光を帯びた。
ここに神風の灯楼から火種を移せば、目覚めた時に直紹さんはまた、赤い瞳を得るだろう。
「死んだら……俺がお前を殺すからな」
うまい言葉が出てこなくて、思わず吐き出した言葉。
それを聞いた時、やっと葵が少しだけ笑った。
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