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祓火の番ー二十年の因縁と、封印された伝説の魔物。ハズレものの最強師匠に拾われた俺が、真実を焼き出す眼に覚醒して帝都の闇を焼き払うー  作者: ミスミシン
第七章 進撃

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第七十四話 明神の番

「おっしゃ、ほんじゃ……やろっか」

「はい」


 失神するように眠りに落ちた直紹さんをそっと寝かせて、布団をかける。

 まったく今までどこに居るのかと思っていたら、先生の火種は変わらずに直紹さんの顔の周囲をウロウロしている。

 先生が角灯を破壊してしまったというのもあるけれど、火種っていうのはこんな風に他家の人間になついたりするものなのだろうか。


 そもそも、火種という存在について、俺はあまり詳しくない。

 領地を照らし出す灯楼の巨大な火種のほんの一欠片。

 同じ「火種」という呼び方だが、その大きさは勿論桁違いだ。

 灯守の術を使うための源であり、街中にある街灯にもこの火種の欠片がおさめられている。

 街灯に入っている欠片たちには、勿論特別な意思なんかはない。

 一定間隔を置いて配置され、街中を温める。

 欠片の役割は、主にそれだけだ。


「お前は、直紹さんの所に居ろよ」


 それでも、この火種は。

 きっとなんか、よくわからないが、きっと、多分、違うんだろう。

 一体何がどうして直紹さんに懐いているのかは、わからない。

 火種が近くにあるという事が、どこまで意味を成すのかだって、俺は知らない。

 でも、コイツがそうしたいならそうすればいいと、思ったんだ。

 指先で触れて、ほとんど感触のないソイツを指先でつつくと、さっきまでよりも一回り大きくなった火種は空中でぴょこんぴょこんと跳んでから直紹さんの枕元におさまった。


 寒い日に吐き出した、白い息に触れるような、ほんの少しの感触。

 あたたかさも、熱さも、そこまで感じない。

 一回り大きくなったのはコイツのやる気……ってこと、なのかな?


「和穗ちゃんとハルくんは、引き続きここで直紹くんの警護お願いしてもいい?」

「まっかせて!」

「ハルくんは、ここに結界を重ねる前に、神風屋敷全体の結界の確認もお願い。綻んでたら、補強して」

「わかった」


 先生に指示をされて、和穗とハルが頷く。

 何度か右腕をぐるんぐるんと回した和穗は、手のひらを開閉させて「完璧」と笑う。

 その姿にほっとして、俺も父さんと母さんを見た。


「医療官さんと父さんと母さんには、直紹さんの看病をお願いしたい。適切な医療措置って、何か出来るだろうか」

「そうだな……嘔吐があったから脱水予防と、体内からの薬物排出を促すために生理的食塩水を点滴しよう。鉄剤も、あるといいな」

「あ、あります! 医薬庫に、どちらもっ」

「お湯はいただけるのかしら。そのまま点滴をするのは身体に負担だから、あたためたいわ。この部屋自体も、寒いでしょう」

「火鉢を頼んできますっ」


 2人の医療官と、父さんと母さんが医療従事者としての顔を見合わせる。

 父さんと母さんは医者ではないが、薬の扱いにかけては天下一品だ。

 父さんと女性の医療官が立ち上がり、医薬庫へ。

 母さんと男性の医療官はこの場に残って、家人たちがお湯や火鉢を持ってくるのを待つ事になった。

 廊下で待機していた家人たちも、指示を受けてパッと立ち上がり各々の役割と全うしに走る。

 俺と先生も1人、女中に指示を持たせたが、他家の家の人を使うというのはなんとも、複雑な気分だ。


 正直、この場を離れるのはまだ心配だ。

 でも和穗も、ハルも居るし、俺達は俺達でやる事がある。

 グッと拳を固めると、俺はもう一度火種を指でつついてから先生と一緒に立ち上がった。

 部屋を出ると、外には面していないのに一気に空気の冷たさが変わる。

 もうすぐ、また夜が来るからだ。

 雪は降り始めているだろうし、廊下をあたためるのも間に合わないのかもしれない。


 そんな廊下で壁を背にぼんやりと立っている姿を見て、俺と先生は少し、歩く速度を緩めた。

 

「君はどうする? 葵」


 先生の声に、ぼんやりとしていた葵がハッとして顔を上げる。

 彼の手には、空っぽの角灯があった。

 もしかしたら、ウチの火種を入れる角灯を持ってきてくれたんだろうかと、葵を伺った。


「君は、命じられるまで待っている?」


 先生は、葵の目を見ていない。

 そこに彼の目がある事が、わかっていないからだ。

 でも葵は真っ直ぐに先生を見ていて、その言葉から先生の真意を探り出そうとするかのように目を凝らした。


 直紹さんの意識が混濁したのは、日向子という灯守を喪った瞬間だ。

 目が黒く戻るのと同じ速度で、直紹さんの意識は霧子の術式に飲まれていった。

 それなら、もしかしたら──また灯守を得れば、術式に対抗することも出来るかもしれない。

 勿論、憶測でしかないし葵が灯守になる事は、直紹さんにとってはとても受け入れられない現実の可能性もある。

 

 けれど、このままにしておくわけにもいかない。 

 葵も。

 直紹さんも。


「直紹さんの次の灯守は早めにほしい。けれど、信頼できる者でなければ任せられない」

「お、俺は……」

「後で直紹さんに殴られるのと、得体のしれない誰かを灯守に任命するのと、お前ならどちらがいい?」


 意地悪な言い方だとは、自分でも思っている。

 それに、この先は葵の決める事だ。

 俺は自分よりデカい男が硬直してしまったのを見て、先生の腕を掴むとそそくさとその脇を抜けた。

 この寒い廊下で、直紹さんの部屋にも入れずにジッとしていた葵の考えは、分からない。

 でもきっと、あの人の中ではもう覚悟は決まっていると思うんだけどな。


 角を曲がって葵の姿が見えなくなってから、俺と先生は顔を見合わせて苦笑いした。

 自分たちらしくない背中の叩き方だ。

 焦っている自覚もあるけれど、何となく気恥ずかしくなる。

 直紹さんに殴られるのは、葵じゃなくて俺達の方かもしれない。


「ソウちゃん、ソウちゃんは、大丈夫?」

「え、なにがです?」

「ここで号令取ったら、もう戻れないよ。明神の当主就任と同時に復興担当」

「あぁ、なんだそんなことですか」


 広い屋敷の中を、パタパタと歩きながら先生が俺の着物の袖を引く。

 今までは、こんなことはしなかった。

 目が見えなくても歩くのに不自由している様子もなかったし、そもそも目が見えない素振りすらも見せなかった人が。

 きっと、期限が近いのだろうと思わせる、重み。

 霧子の思惑はまだ表面しか撫でられていないけれど、先生にのしかかる制限時間を思うと、迷っている時間なんかはないのだとわかる。


「大丈夫です。明神が焼けたって言っても、全滅したわけじゃないでしょう」

「それはそうだけど」

「少なくともここに俺と先生が居る。火種も残ってる。なら、大丈夫です」


 パタパタ

 歩みを止めずに、先生が俺の顔のあたりを見るのがわかる。

 誰かの視線を受けると、触れていないのにくすぐったい感じがするのは何故なのだろう。

 俺は、袖を掴む先生の手がさっきよりも重みを増したのを感じながら、進んだ。

 負けてない。

 今まではただ、情報収集の場面だっただけだ。

 これ以上はアイツの好きにはさせない。


 【神守】に戻る覚悟をした先生に、絶対に後悔はさせない。

 霧子は深神だけ。

 でもこっちは明神、神風、御神苗、神守の四家連合だ。

 負ける気がしない。


 廊下を進んでいくと外が近くなり気温がどんどんと下がっていくのが分かる。

 今までよりも寒いかもしれないヒリつく空気に、俺は自分の頬に手を当てた。

 神風家の家人や女中たちが、戸の前でこちらに頭を下げてくれる。

 戸を開いてくれたのは、すでに引退しているのだろう片腕のない老齢の刀持ちだった。


「みんな、聞いてくれ」


 わざとパァンと高い音をさせて開かれた戸の向こうには、今動ける刀持ちが集まっていた。

 広間にぎゅうぎゅうになって集まっている者たちは畳に片膝をついて、頭を下げていた。

 神風の家紋を背負う者が居る。

 煤を拾う白服たちの姿もある。

 僅かだが、御神苗紋の破れた羽織を羽織る者も居る。

 明神の生き残りが、俺を見て顔を明るくしてくれる。


「先程正式に、神風直紹殿よりこの明神宗一郎と……」

「僕、神守帳が神風家の全指揮権を預けられた」


 先生が俺に並びながら言うと、一瞬場がざわめいた。

 廊下には、寒いだろうに女中や家人たちが集まって話を聞いていた。

 治療士も、割烹着を着たままの料理人や庭師の姿もある。

 皆、ここに居る。

 

「敵は、深神家の深神霧子。理由は色々あるけど……おそらくあの女は、明日には帝都を掌握しようとすると思う。あくまでも予測だけど、状況証拠からそう判断した」


 刀持ちたちは、先生の話をぎゅっと顔をしかめて聞いている。

 深神家──神風家にとっても関係深い家の当主が何故、という疑問は、全員持っていることだろう。

 でも、誰も何も言わない。

 黙って指揮官の話の続きを、待っている。

 先生の予測は、きっとあの女のことをよく知っているからこその予測だ。

 俺は口を挟まない。

 デカい男がここにデンと立っているだけでも、きっと何らかの意味はある。


「今やるべきことは、市民をせめても神風家の領地に集めること。それと、市街の火種の欠片の補充。多分今日の夜は、一際寒い夜になる」


 でも。

 先生が言葉を止めて、俺の羽織の背を掴んだ。

 皆からは見えないように、それでもぎゅうと握る。


「だが、我々ならば被害を最小限に出来ると信じている」


 先生の言葉を、引き継ぐ。

 先生は少しだけ顔を上げて、俺を見た。

 オロチの呪いで色を失った瞳が、わずかにチラリと青く光った気がした。


「深神霧子の陰謀を止めたい。協力してくれないだろうか」


 目の奥が、チリチリと焼けるような熱さを持ち始める。

 俺は、熱を持ち始める頭部を手で支えながら、広間に集まった刀持ちたちを見渡した。

 少なくともこの場には〝深神紋〟が居ないと知らせてくる眼に、心臓にも火が灯ったような気がした。

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