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祓火の番ー二十年の因縁と、封印された伝説の魔物。ハズレものの最強師匠に拾われた俺が、真実を焼き出す眼に覚醒して帝都の闇を焼き払うー  作者: ミスミシン
第七章 進撃

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第七十二話 深神霧子

「あら」


 ふと、意識の中から一つの糸がパチンと切れたような感覚に、深神霧子は目を数回瞬かせた。

 艶めかしいふっくらとした唇に、眠たげな瞳。

 38という年齢を感じさせない美貌を子どものようにきょとんとさせてから、霧子は髪をかきあげて笑った。

 

「お人形がひとつ壊れちゃったわ。まぁ、どうせ使い古しだから、勝手に壊れるとは思ってたけど」


 アレも、執着していたものねぇ、と、霧子の細いながらも武器を持ち慣れた指がペンを取り、名前をひとつ消す。

 神風の直系血族でありながらも大した術を持たず、己の甥に執着と憎悪を持っていた男。

 地位があるおかげで利用価値はそこそこあった。

 金に、情報。それから、神風直紹を実験体として使う際の道作り。

 

 甥ひとりにあれだけ執着していなければ、もっとまともな男だっただろうに。

 そう思うとおかしくて仕方がなくて、あの男がかつて横恋慕していた直紹の母親の顔を思い出す。

 あの女にそっくりな甥に執着を見せたのは、恋心の裏返しだったのだろうか。

 だとしても、気持ち悪いったらない。

 霧子は、黒に戻っている己の目を鏡に映して細めてから、また笑った。


「あーあ。沙弥はちょっと勿体無かったわね。上手く使えばもうちょっと使えたかしら」


 今、彼女の周囲に居るのは彼女"好み"の女たちばかりだ。

 男という汚い生き物ではない、いい匂いがして、可愛らしくて、柔らかい存在。

 霧子はその中から1人選んで、手招きをした。

 

「次はお前でいいわ。私のために命を使いなさい」

「光栄です、霧子様……」


 今度は、若い娘にした。

 霧子ほど美しくはないが、そこそこの術力を持っている、肉の壁になれる者。

 霧子は娘に口づけをすると、その項に灯守の印を刻む。

 灯守なんていうものは、使い捨てだ。

 1人に執着をして心を病むだなんて、そんな馬鹿らしいことはない。

 再び赤に戻っていく目を確認して、今までその美しい身体を支えていた椅子から立ち上がる。


 途端、椅子は血を吐いて沈黙した。

 元々死んでいたが、肺にでも溜まっていたのだろう。

 背中に明神の家門がついている羽織を着ているこの男は、なんという名前だっただろうか。

 霧子にはどうでもいいことだ。

 どうせ、死体なんかその辺にゴロゴロ落ちている。


「御神苗と明神の灯楼は潰したわ。あとは神風だけど……どうせひとつの灯楼では帝都を守りきれない」


 ニヤリと、唇が三日月のように歪む。

 落ちていた誰かの目玉を踏み潰して、霧子は冴え冴えと寒い帝都を見下ろした。

 空からはぽたぽたと雨が降り始め、それが段々と塊になり、みぞれから雪になっていく。

 4つの灯楼のうち、2つが落ちた。

 そうなればこの夜にきっと、今まで以上の民が死ぬだろう。

 少しでも暖を求めて、神風と深神の領地に汚物のような人間どもが殺到するかもしれない。


「明日よ。明日、オロチを倒しに行くわ」


 寒い夜を経験した者は、次の夜も寒くなるのかと怯えることだろう。

 日中にも降り止まぬ雪を前に無力に抱き合い、誰か助けてくれと叫ぶだろう。

 そこで己がオロチを倒してみせたなら、どうなる。

 きっと、きっと。

 何もせず門戸を閉ざす神風などよりも、深神の名が歴史に刻まれるはずだ。


 神風を落としきれなかったのは誤算だったが、この寒さの中で神風直紹は満足に動くことは出来ないはずだ。

 弱っている刀主1人なら、内部に潜ませている誰かを使って連れてこさせればそれで済む。

 その血を明日、オロチに捧げる。

 術力を貯めに貯めた肉体を、この日のために18年間捧げ続けた血液を持つものを、オロチは喜んで食いに来るだろう。


「今度は私が勝つわよ……神守帳」


 霧子に並び立ち、時には霧子よりもその容貌を称賛されながらも無関心を貫くあの男。

 修練で何度も霧子を打ち倒し、術式の数でも術力でも霧子を凌駕するあの男が、霧子は大嫌いだった。

 出会った時から、美しさも、家の歴史も、本人の実力も、帳のほうが圧倒的に上だった。

 結果、名声や人々からの期待も全て、あの男が持っていったのだ。

 忌々しいったらない。

 美しいのも、強いのも、全ては深神霧子でなければいけないのに。

 忌々しくも生き残り、この20年潜伏していたあの男を殺しきれなかったことだけは、未だに己の落ち度だと思う。


 だが、あの男は今身体にオロチの呪いを抱え、弟子とかいうくだらないものも多数抱え込んでいる。

 あの男はきっと、弟子たちを人質にとればこちらに反撃はしてくるまい。

 重い荷物を抱えた者は、本人すらも弱くなるのだから。


「神風の者に伝えなさい。今晩中に、あの人形を連れて来るようにと」

「はっ」

「生きたままよ。あぁ、神風の者が何人死んでも関係ないわ。あの人形だけ生きていればいいから」

「かしこまりました、霧子様」


 あぁ、楽しい。

 20年かけて仕込んだ仕掛けに火花がつく瞬間が、こんなに気持ちのいいものだったなんて。

 霧子は己の身体を抱き締めながら、ゾクゾクと背筋を走る興奮に頬を赤らめた。

 これなら、あの神風直紹も殺す前に少し、遊んでやってもいいかもしれない。

 人間という存在を、男という矜持を、刀主という誇りを、すべて踏みにじってから殺すのも悪くない。


 そしてあの神守帳の前で、その死体を見せつけてやるのだ。

 きっとあの男も、あの男の番も、情けない顔をするのに違いない。


「あぁ……楽しみね」


 霧子の身体から滲み出す術力に魅かれてか、周囲に侍らせていた女たちが霧子の脚に、腹に、腕に、絡みついてくる。

 女たちの蜜のような甘い香りに、霧子は笑いながら己の唇を舐めた。


「いい日になるわ……明日は、きっとね」


 その目は、誰よりもギラギラと、欲望と殺意に燃えていた。

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