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祓火の番ー二十年の因縁と、封印された伝説の魔物。ハズレものの最強師匠に拾われた俺が、真実を焼き出す眼に覚醒して帝都の闇を焼き払うー  作者: ミスミシン
第七章 進撃

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第七十一話 残酷な現実、知るべき苦痛

 医務室の書類は、ろくに整理もされていなかったのでまずは書かれた年数順に整えるところから始めなければいけなかった。

 だが、先生の指示でそれは20年前の書類からをまとめていく。

 まず20年前の書類を探し出すことが困難ではあったが、範囲が決まっているので余計な書類は違う所にまとめて置いておく。

 書類を読めない先生は、それらを紐で括っていく。

 一応指で触れればある程度は分かると言っていたけれど、そこまでの無理をさせたくはなかった。


 そうして整理を始めて数時間。

 20年分の書類をまとめ終わった次は、年数順にまとめ始める。

 先生はその中から、患者の名前を指で撫でて直紹さんの書類を抜き出していった。

 そして段々と、全員がその異常さに気付いていく。

 歴史ある家だ。書類がたくさんあるのはみんなわかっていたし、ここ3ヶ月の間の書類が多いのも、予想してた。

 

 けれど、直紹さん個人の書類の量が、異常だ。


「これも……これも、直紹」

「先生……それ……」

「一年でこんなに怪我だとか病気をするのは、有り得ない」


 嫌な予想が当たっちゃったね、と薄く微笑む先生の口角は、ヒクリと揺れていた。

 怒ってる。

 それも、バチバチに怒ってる。

 その書類の中身を読んで更に怒る先生が容易に予想出来て、俺はちょっと、今更、緊張し始めていた。


「これが、最初の書類みたいね……」

「年数と、月別に並べよう」


 母さんが持ってきてくれたのは、20年分の書類の中から発掘された、17年前からの直紹さんの記録だ。

 つまり、直紹さんが8歳の頃から。

 ゴクリと生唾を飲み込みながら、一番最初の記録を、見る。


『神風直紹の血液の採取を開始。高い有用性を確認』

『今後3日に1度の採取にて経過を観察。確定後、週に1度の血液採取と、投与を開始』


 血液採取と、何らかの薬の投与。

 最初の書類からハッキリと記載されはじめたその文字に、眼の前がグラつく。

 8歳。まだたったの、8歳だぞ。

 そんな子どもの血液を奪って、薬を投与していたっていうのか?

 正気じゃない。なんでそこまで。

 一体何を、なんのために?


「母さん、この書類に読めない文字があるんだ。読めるかな」

「見せてちょうだい」

「こ、こちら1年分まとめましたっ」

「こちらもです」


 父さんと先生と、医務官2人が書類を時系列順に並べ、俺と母さんで中身を読んでいく。

 といっても、俺は日本語しか分からないから、そこだけだ。

 それでも十分に吐き気のする内容すぎて、多分英国語だと思われる文章までは読み解くことが出来ない。

 もっと先生に習っておけばよかったと、今更後悔する。

 先生の目が見えなくなる前に、もっと学んでおけば。


「あの、帳さん。術力を増幅させる薬剤、というのは存在するんでしょうか?」


 最初の書類から何枚かの書類を見ていた母さんが、おそるおそるに先生に聞いた。

 術力は火族の人間しか使えない、特殊なものだ。

 両親は多分、俺が少し人と違うのは分かっていただろうが、その中身までは知らないはずで。

 先生は顔を上げてからぎゅっと眉間にシワを寄せる。


「あるにはある、けど……使う人への負担が大きすぎて、研究も開発も中止されたはずです。その薬のことが?」

「……はい。10歳頃から、経過観察後、月に1度点滴にて投与、と」


 全員がグッと言葉を止める。

 使用者の負担が大きくて開発も中止された薬剤を、月に1度。

 それは、本人の身体の負担なんかは考えていない、ただ目的のために行われるものでしかない。

 俺はそれから、月に1度の記録を確認した。

 

 月に1度──投与日の翌日と翌々日に、直紹さんの体調が酷く崩れている記録が、そこにはあった。


 嘔吐、高熱、極度の貧血、頭痛、過換気呼吸、脈拍の低下、術力の暴走による自傷。

 列挙されている文字を見るだけで、今生きているのが不思議なくらいだと思ってしまう。

 正直に言えば俺は昔から、直紹さんはなんでそんなに身体が弱いんだろうって、言っていたことがあった。

 3歳しか違わないのに、神風屋敷を訪ねるたび、寝込んでいることが多かったからだ。


 ハルと和穗と、お遣いのあとにいつも「また寝てたね」なんて、子どもの無邪気な感想を言い合った。

 出会ったばかりの頃には、「寝てばかりで暇じゃないの」なんて、聞いたこともある。

 当たり前だが長じるにつれてそんな事を言うことは無くなったし、先生がいる前では絶対に言わなかった。

 でも、子どものその邪気のない言葉を、彼はどんな風に聞いていたのかは、思い出せない。


「確かに直紹は術力においては刀主の中では突出してるけど……こんな種明かしがあったなんてね」

「血液の採取は、ほぼ10日に1度行われているみたいです……」

「でも、我々はこんなことはしていません! ただでさえ、ご当主様は貧血をお持ちなのに、採血なんて……」


 なんのために。

 医療官たちの困惑した声に、俺はグシャリと書類を握りしめていた。

 なんのために──オロチの生贄にするために。


「先生……アレは、術力が高いといいとか、あるんですか」

「んー……まぁ、地方の土地神信仰において、処女とか、元々の素養が高いとか、若いとか、そういう条件でもって土地神の力が増してどうの、ってのは実際結構あったみたいだよ。かといってそれがオロチに有効なのかどうか……」

「あ……」


 俺と先生が決定的な言葉を言わずにもにょもにょと話していると、母さんが書類を持って真っ青な顔になった。

 どうした、と父さんが近付き、やはりその書類を見て真っ青になる。

 年代の束からして、直紹さんが15歳頃からの書類だろう。

 首を傾げて見ていると、父さんが先生にだけそっと、書類を渡す。

 俺には見せないつもりか? と、子ども扱いされたようで少しばかりムッとして先生の肩に顎を乗せて、俺も書類を覗き込む。

 父さんは一瞬俺を止めようとしたが、しかしすぐに手を引っ込めて、何も言わなくなった。


 だが俺は、父さんが俺に見せようとしなかった理由を、すぐに知ってしまって。

 あぁ本当に、俺は人の気遣いを無にする天才だと、歯ぎしりをした。


「これは……」

「薬の投与や、採血の記録じゃないね……こんなもの、ただの調教や実験の記録だ」


 先生の言う通り、その紙に記録されていたのは医療記録ではなかった。

 深神霧子が、直紹さんを自分の術式の実験に使っていた、その記録だ。

 幻惑、洗脳、操作、記憶の抹消、幻覚、暴走──従属。

 多種多様な術式を、深神霧子は神風さんに使ってその効果を試していたのだ。


 文字が見慣れた『霧子さん』のものであるのが、吐き気がするほど恐ろしい。

 術は、自分より術力の強い者には効きが弱くなると聞いたことがある。

 もしかして霧子は、八岐之大蛇に己の術を使うために、直紹さんの術力を無理にでも強くして、実験に使っていたのか?

 気持ちが悪い。

 ただただ、胸糞が悪い。

 何が胸糞悪いかって、実験協力者の欄に複数の「神風」姓の人間が記載されていることだ。


 自分の血縁者が、その子どもが、無慈悲な実験に使われている。

 あのクソジジィも、きっと、それに加担していたんだ。

 もしかしたら直紹さんが当主になった後も、自分がこの家を好き勝手出来るように。


「やっと納得がいったよ……なんで最初の灯守があっさり殺されたのか、ずっと不思議だったんだ」

「えっ……」

「直紹が敵側に回ってしまえば、(あきら)は戦えない……あの子は、直紹に武器を向けられる子じゃあなかった」


 愛してたんだ、あの子たちは、ちゃんと。

 今は亡き(あきら)という名の、直紹さんの最初の灯守。

 2人が笑顔で写っていた写真を思い出して、「直紹が敵側に回ってしまえば」という言葉の意味に、息が詰まった。

 霧子が、直紹さんに使っていた術式の中のいくつかは、直紹さんの意思に反した行動をとらせる事が出来るだろう。

 それこそ、あの時の和穗が俺を攻撃したように、武器を持たせるのだって容易なはず、で。


 だがそれが(あきら)さんの死因だとは考えたくもない。

 俺は前髪をグシャリと握り込みながら、グラグラする視界で霧子の実験記録を、ただ睨みつけていた。

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