第六十九話 医療、治療、乱暴
「医療官はどこだっ」
和穗とハルに直紹さんを任せて、俺と先生は治療室へ向かった。
医療官は治療士よりも一段階上の階級なせいで、普段はあまり治療室には居ないと神風さんは言った。
なんでですか、と思わず聞いたのは、俺だけじゃない。
和穗と同時に「なんで」と声が出て、びっくりしたのは直紹さんの方だった。
考えたこともなかった、とでも言いたそうな表情に、こっちが驚いてしまう。
なんでも、直紹さんが子供の頃から医療官はそういうものだったので、「そういうもの」と思っていたのだという。
治療士と直紹さんが現場で治療をし、医療官はそれを記録する存在なのだと。
ンなわけあるか、と吐き捨てそうになったのを飲み込んで、廊下に出るや大音声を放ってしまう。
「あのクソジジィ──いや、多分霧子は、神風家を乗っ取るつもりだったんだね」
「でしょうね……直紹さんの認識を子供の頃から全部操ってたんだ」
「キッショ!!」
「いやほんと、キッショ、としか言えませんよ」
「それでもあの子がまだまともなのは、父親が死んだ後に教育してくれたおじいさんと、灯守のおかげかもね」
ギリギリの綱渡り。
あまりにも不遇なその境遇に、俺なんかは全然幸せだったんじゃないかと思ってしまう。
先生は俺の目について、もっと普通に生きる道もあったと教えてくれた。
無理に俺を戦場に惹き込むことはないのだと、考えていてくれた。
でも、でも、火族直系に生まれて逃げ場のなかった人がこの有り様なんだ。
戦わなかったら俺はきっと、物凄く後悔していただろう。
「医療官!!」
「は、はいっ! 自分ですっ」
「あれ、治療室に居たの」
「あ、は、はい申し訳ありませんっ」
「いやいいんだけど」
キレそうになりながら医療官を探して歩いていると、さっきまで俺達の居た治療室からひょっこりと瓶底眼鏡の男と眉上に前髪を切りそろえた女性が顔を出した。
2人とも、白衣の腕に腕章をつけているから、本当に医療官なんだろう。
だがさっき俺達は、医療官は報告を受けるだけだと聞いた、はずなんだが。
「……もしかして、現場に出ると怒られるとかある?」
「え」
「え、は、あ、あの」
「大丈夫。大伯父様とかいうクソジジィは死んだから。で、本当の所はどうなの」
ノシノシと医療官に近付きながら先生が詰めると、2人は困りきった顔をして俯いた。
きゅっ、と鶯張りの床が音をたて、一瞬だけ空に雲がかかる。
空は鈍色で、また雪が降りそうな色だ。
雪が降った日にはいい思い出がなきから、何もなければいいんだが。
「その……我々も、高等医療官を目指して神風家に入ったのですが……」
「高等医療官ってなんだっけ」
「医者の中でも、難しい手術とかを請け負える者ですよ。戦場随行許可が出ます」
「そんなん居たんだ」
「い、居ます。それを目指して、いたんです、わたしも」
女性が眉を下げてしょんぼりとして、男性も眼鏡を外して汗を拭いた。
高等医療官は、いわゆる医師と呼ばれる者の中で唯一刀主と灯守の戦場に随行することが許される存在だ。
戦場における医官と同じで、危機的状況で動くことが出来る者。
確かに、それを目指すのならば神風家に来るのが一番手っ取り早そうではある。
なのに彼らは、どうしてこんなにもしょんぼりしているのだろう。
思わず先生の着物の袖を引くと、先生は溜め息をつきながら腕を組んだ。
真っ白い先生から吐き出された息が、白く濁って流れていく。
「どうせ神風家の上の連中が止めてたんでしょ。思い通りに報告書を作るために」
「……自分たちも、そうだと思います」
「実際、私たちよりも前に居た医療官たちはみんな、深神が来た時に姿を消したんです」
「はぁ?」
「あーやっぱ、そういう……」
納得顔の先生に反して、俺はやはり納得がいかない。
なんだそりゃ、と思ってしまって、高級な廊下を叩き割りそうな勢いで強く強く、踏みしめてしまった。
深神は思ったよりも深く神風家に入り込んでいたのかもしれない。
先生のつぶやきは、2人には聞こえていないだろうか。
聞こえていないといい。
戦場に随行するだなんて危険なことを自ら望んでしようと思っているくらいの人たちが、こんな所でつまずいてしまわないように。
「しゃーない。医療官の部屋ってどこ? 昔の報告書とかってあるかな」
「こ、こちらです!」
「ソウちゃん。君が読むんだよ」
ポン、と先生に背中を叩かれて、俺はハッとした。
子供の頃から先生にみっちりと叩き込まれた、読み書き。
先生が読めなくなってからその真価を発揮することになろうとは、と、今日何度目かもわからない「思ってもいなかった」と思い返す。
だがきっと、医療官の部屋には何かの情報がある。
俺は、2人がバタバタと走り出した背中をついて走った。
出来れば雪が降る前に和穗たちの所に戻りたい。
そのためには山程書類を読むことになるのだろうが、やはり先生に苦労をかけるよりはマシだと、そう思った。
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