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祓火の番ー二十年の因縁と、封印された伝説の魔物。ハズレものの最強師匠に拾われた俺が、真実を焼き出す眼に覚醒して帝都の闇を焼き払うー  作者: ミスミシン
第六章 赤き眼、白き反撃

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第六十五話 策謀、思惑、追想

「……冗談じゃないね」


 絞り出された先生の声に、俺はハッと我に返った。

 数回瞬いて見えたのは、己の爪を噛む先生と、俺を心配そうに見ているハルと和穗の姿だ。

 さっきまでの光景は消えていて、数回瞬きをしないと目がやけに乾いているように感じる。

 俺の拳に重ねられた先生の手は、痛いくらいに力が込められていた。

 この空間の中では異常にも感じられるほどの、冷えた指先。

 爪を立てていないのは、先生の最後の理性にすら感じられる。


「八岐之大蛇を復活させる? 霧子が言ってたのはそういうことか」

「聞こえてたんですか?」

「君に触れてたからかな。視えなかったけど、声はよりハッキリと聞こえた」

 

 懐かしい声だったな。

 そう言う先生の顔は、笑顔を浮かべようとして失敗したように歪んでいた。

 神風さんの両親を先生は知っていて、みすみす失ったのだ。

 遺された神風さんの事を先生が気に掛けるのは、当たり前のこと。

 なのにどうにもムッとしてしまう己の顔面を、バチリと平手で叩く。

 3人がビクッとして俺を見たが、一度落ち着くには痛みが必要だった。


「ね、ねぇお兄ちゃんと先生、黙り込んでどうしたの?」

「なんかとくべつーなフンイキ出してた?」

「あぁ、多分ねぇ、ソウちゃんはこの日記の隠された部分を視てたんだと思うよ」

「はぁ?」

「ソウちゃんの目はね──」


 先生が、和穗とハルに俺の眼の事を説明してくれる。

 その間に俺は、日記の読めない部分をそっと、撫でた。

 指に墨がつくことはないが、しっとりとしている黒い痕。

 読めなかった文字を、この眼は浮き彫りにしてくれた。


 なんでだろう。

 先生が言う通りこの眼がオロチの眼であるなら、さっきの情報はオロチにとっても不利なものになるんじゃないのだろうか。

 そもそも、封庫で視た先生がオロチを封印したその瞬間だって、オロチにとっては唾棄すべき過去かもしれないのに。

 何故オロチの眼は、オロチを倒す力を持つんだろうか。

 そもそもが、わからない。


「お兄ちゃん……」

「あ、すまんぼーっとして……」

「すっっっっっっごいね!」

「あ?」

「なんかめーっちゃカッコいいじゃん! え、なになにお兄ちゃんってば特別なヒトだったの!」

「明神の火種を継ぐ者って、そういう判別があったんだなぁ」

「……先生、なんか大袈裟な説明しました?」

「しーらない。ぼーっとしてる方が悪いんだよー」

  

 これは……十中八九大袈裟な言い方をしている時の返答だ。

 キラキラした眼で視てくる御神苗主従に、俺は深い溜め息を吐いた。

 どうせこの人は、支障がないからって自分の目については言ってないに決まってる。

 仕返しにそれをバラすなんてことはしないが、こういう所は本当、面倒な人だ。

 ずっと先生の手を拳に乗せながらもボケっとしていた自分にも、責はあるかもしれないが。


「そんで、さっきソウちゃんが視てた中でアイツが話してたことだけど……霧子は実際、オロチを自分で倒して特別になるんだ、って言ってたよ」

「いつそんなことを?」

「ソウちゃんたちが封庫に入るためにデカヘビと戦ってる時!」

「まっ……そんなこと聞いてないんですが」

「言ってないから」

「……先生の悪い病気が出てるわ」

「宗一郎、一度先生を本気で殴ったほうがいいと思うぞ」


 そうかもしれない。

 実際には先生を殴ることなんて俺には出来ないだろうけれど、ちょっとだけそう思う。

 先生は、一人で抱え込んでいることがあまりにも多すぎる。

 少しずつでも吐き出させないと、いつか潰れてしまいそうなほどだ。


「ねぇ先生。なんで霧子さんは特別になりたいの? 霧子さんはすでに結構特別だと思うんだけど……」

「なんかねぇ、一番美しいのも、一番強いのも、一番偉いのも、私だけでいいの! って言ってた」

「そういえば……そのためには神風と神守は邪魔だ、って」

「あーそういえば……霧子さんよく、先生について愚痴ってた」

「え」


 己の頬に指を当てながらの和穗の言葉に目を見開いたのは、俺だ。

 先生について愚痴ってただと?

 何様のつもりだ?

 俺の表情の変化に気付いたのか、ハルが暴れ馬を鎮めるかのように「どぅどぅ」と俺の肩を叩く。

 止められなくても、先生が俺の手を掴んでいる以上動くことはしない──つもりだったが。


「何を愚痴ってたんだよ」

「うーんとね、ほら、先生ってキレイじゃん。真っ白だし、顔も綺麗だし」

「聞いた? ソウちゃん。褒められた!」

「まぁ、そこだけは手放しで褒められる部分ではあるな……」

「おいこら」

「たまにね、新入りのメイドとかが入ると、先生のことできゃっきゃする子が居るじゃん。そういうの、凄くムカついてたみたいだったの。私は霧子さんも綺麗なのにー、って言ってたけど、今思うと霧子さんも、って言い方にもムカついてたのかなぁ」


 和穗も結構、爆弾の上で踊るタイプだなとハルと顔を見合わせる。

 霧子は己の美貌や女らしい体つきを誇示している所があったから、顔貌だけでも先生と引き合いに出されるのが我慢できなかったのかもしれない。

 霧子が面倒を見ていた和穗にも「霧子さん()」なんて言われるくらいだ。

 自分の計画を阻止し続けてきた先生と並べられていい気分はしないだろう。


 しかも、神守家は今でも伝説として存在し続けている。

 滅びたあとも、神守に勝る家なしと言われている程なのだから、さぞ臍を噛んでいたことだろう。

 ざまぁみろ、という気持ちは無きにしもあらずだが、それがこれだけの動乱をおこす原動力になっているのだと思うと、馬鹿馬鹿しくも感じる。

 でもそれはきっと、俺が明神の血族ではないから、かもしれない。


 神風家でも、直系の神風さんがあんな扱いを受けている。

 御神苗でも女である和穗が刀主になることに難色を示す老人が未だに居ると言うし、そもそも異国人との混血であるハルが灯守になる際にも一悶着あったほどだ。

 己の血統に誇りを持っていれば持っているだけ、目の上のたんこぶには怒りがわくもの、なのかもしれない。

 

「先生、神風さんがオロチの生贄っていうのは、神風だからですか」

「そうなんじゃないかなぁ。わかんないけど、まぁ今の刀主の中では一番術力高いのは直紹だし、神風は直系を守ってきている家だしねぇ」

「え、生贄ってなにそれ」

「神風さん色々抱えすぎじゃねぇの……?」


 神風さんが古来からの直系で、術力が一番高い刀主だから。

 そう言いつつも、先生もその説にしっくりきていないような表情をする。

 確かに血族や術力に関して言えば、変な言い方だが彼が生贄に一番相応しいだろう。

 でも、霧子のことだ。それだけじゃない、気もする。

 なんだかもっとデカい何かを神風さんに仕込んでいてもおかしくはない、ような……


 先生が居ない間に──何かをしていてもおかしくはないんじゃないか、とか。



 

「その話、自分も聞いていいだろうか」



 

 スパッと襖が開かれて、床に膝をついた大柄な男が割り込んでくる。

 思わずビクッと肩を揺らした俺達は、しかしその男が葵であることに気付くと変な顔になってしまった。

 神風さんの前の灯守の、弟。

 さっき突きつけられた現実に、グッとまぁるいままの息を呑みこんでしまう。


「いいけど、直紹は?」

「治療のあと、休んでます。誰でも出入り出来る場所は不安なので、ここの奥の間、ですが」

「あぁ、その方がいいかもね。一度あの子は、誰からも切り離したほうがいいと思うし」


 慣れない敬語を無理に使おうとしているかのように、葵は時折言葉を止めながら先生を見ていた。

 先代の灯守は、神風さんとは幼馴染みの関係だったと聞いている。

 上が神風さんと幼馴染みとなれば、きっと彼は先生や神風さんとは幼い頃からの関係だったのだろう。

 敬語を使わなくてもいいくらいの、関係。

 またちょっとムッとした顔面を、平手で殴る。

 今度は、4人がビクッとした。


「葵はさぁ、直紹の灯守になるつもり?」

「……許されるのであれば」

「許されないだろうねぇ」

「……はぁ」


 先生がすっぱりと切り捨てると、筋骨隆々で身長も俺よりもデカそうに見える葵の身体が、面白いくらいにしょんぼりと縮んだ。

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