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祓火の番ー二十年の因縁と、封印された伝説の魔物。ハズレものの最強師匠に拾われた俺が、真実を焼き出す眼に覚醒して帝都の闇を焼き払うー  作者: ミスミシン
第六章 赤き眼、白き反撃

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第六十四話 神の子

 妻、ということは、この日記を引き継いだという人はきっと、神風さんのお父さんだ。

 死を予感して、妻の日記を知って……それで、そこに記録を遺している?

 俺は、和穗が膝に置いた日記をそっと取って、和穗の読んだ続きに目を走らせた。


「今帝都の地下に残っているのは、八岐之大蛇の残穢と思われる。肉体はすでに切り離されて別に封印されている、はずだ。そう推察出来るのには、理由がある。それは、5年前に神守帳が八岐之大蛇の残穢を封印したからだ」


 封庫で視たあの光景。

 そういえば20年前のあの戦いの際に視たのは、先生たちと霧子の姿だけだった。

 その場に他の存在が居た気配はなかったし──介入者も、居なかった。

 先生があの時に封印したのが八岐之大蛇の残穢だというのなら、最早残穢が本体だと言っても過言じゃないんじゃないだろうか。

 肉体を失ってもなお、この帝都の熱を吸い続けることが出来るのだから、とんでもない。


 しかしその予測は、ページをめくって目にした文字でまた覆されていく。


「腹から流れる血が止まらない。深神霧子、あの女だ。あの女は、八岐之大蛇の肉体と残穢を融合させて、蘇らせようとしている。そのために、直紹を、我が子を、生贄に捧げようとしているのだ──あの女の狂気は、もう止められない。あの女は、狂っている」

 

 生贄、とハルがぽつんと呟いて、和穗も口元に手を当てて考え込んでいる。

 真江さんの記録は実際に戦場に出ていた、生きた記憶。

 先代当主の書き残しは、後に戦う者に当てた、死んでも守ろうとした記録なのだろう。

 先生が、お茶を置いて黙って俺の言葉を聞いている。

 止めることはしないで、ただただ、目を細めて俺を見ていた。


「ここから、文字が乱れてます……八岐之大蛇を討祓するには、スサノオ……カグツチの火を、シナトベが巻き上げて焼き切るしかない。明神の眼が、カグツチを視る。シナトベは、あの女にとっての邪魔になる。オロチの水は、蒸発させて……?」

「もう、ぐちゃぐちゃだね」

「あぁ、ここから先はしっかり読み解かないと、すぐにはわからないな……」


 俺の読みが辿々しくなったのを見て、和穗が横から日記を見てくる。

 しかしそこに残されているのは、時折筆先を潰しながら書かれたと思われる、ぐちゃぐちゃの記載だ。

 間に挟み込まれていた──恐らくは日向子が書いたと思われる書き付けがなければ、最後の方は俺だって読めなかった。


 俺が日記を開いて床に置き、その隣に日向子の遺した書き付けを置くと、ハルも和穗も、言葉を失う。

 先生には書き付けの方を渡すと、先生は紙の上を撫でるように触れた。

 スサノオ、カグツチ、ヤマタノオロチ。

 これらは、流石に俺達も何のことだかハッキリ分かる、日本神話の存在だ。

 だがシナトベ、というのは聞いたことがなくて、3人でつい先生を伺ってしまう。


「シナトベっていうのはね、風の女神のことだよ。級長戸辺命(シナトベノミコト)、あるいは志那都比古神(シナツヒコノカミ)。シナトベはシナツヒコの妻か姉とも言われてるね。伊邪那岐(イザナギ)伊邪那美(イザナミ)から産まれた神の一柱だよ」

「あ、シナツヒコならわかります」

「なるほどー。風の女神様だから、カグツチの火を巻き上げるってことかぁ……なんで?」

「俺に聞くなよ……」

「まだ他に書いてないの? 日向子ちゃんのメモにも色々書かれてるみたいだけど」


 待って下さいね、と一度止めてから、残りのページをペラペラとめくる。

 しかし、神風さんの父親が文字とページをぐしゃぐしゃにしながらも書き遺したものは、それ以上はほとんどただのミミズがのたくったような文字でしかなかった。

 それでも必死に遺そうとしたのかと思うと胸が詰まるが、読めなければなにも分からない。


 これは、困った。

 顔を上げようとした俺はしかし不意に目を貫くような痛みに襲われて、手を止めた。

 一瞬で額にぶわりと脂汗が滲んで、あまりの熱さに一瞬呼吸が止まる。

 驚いた和穗が俺の身体を支えるが、俺はこの痛みが何を意味するのかを知っていた。


 流石に、これだけ何度も経験したら分かる。

 対面に座っていた先生もそれを察したのか、和穗と位置を変わって俺の隣に座った。

 でも先生は、今回は俺の目を閉じさせようとはしない。

 俺も、わかってる。

 今は──この目で、視るべき瞬間なんだ。




 目が、チカチカと痛む。

 俺は、俺の手に手を重ねる先生の冷たさを感じながら一瞬だけ、目をぎゅうと閉じた。


『あぁ……あぁ、くそ……足りない……時間が……』


 そのまま目を閉じていると、聞いたことのない男性の声が、耳に触れた。

 同時に鼻をつく、血と墨の匂い。

 俺はゆっくりと目を開けて、座ったまま両膝の上の手に力を入れた。

 熱くなる拳に、先生の手の冷たさだけが触れる。


『深神は……水と幻惑だ。八岐之大蛇は、水の神……あの女は……あの一族は、八岐之大蛇を使って、日本転覆でも、目論んでいるのか? 神世の存在である帝には、神世の獣をぶつけようとでも……? オロチの瘴気で帝都の熱を奪い……いずれ、全土を……?』


 あぁもし、帝都を凍りつかせるほど熱を奪われたら、日本全土を焼き尽くすくらいの炎になってしまう。

 嘆く男性の顔は、見えない。

 丸くなった背中は血で染まっていて、床にじわじわと真っ黒い血が滲んでいく。

 必死で握っている筆はもうまともに動いていなくって、それでもなんとか紙に筆先を押し付けていた。

 言葉は文字にはならず、それでも俺には聞こえている。


『真実を焼き出す眼がオロチ退治に必要な意味が、わかった……オロチの残穢を祓うのには、その眼が必要だからだ……オロチの肉体から逃された眼が、オロチを祓う唯一の鍵……だが今世ではまだ、見付かっていない……だから、誰もまだ、祓えない。深神でも、まだ』


 そっと、自分の目に手を当てる。

 オロチの眼。

 オロチの肉体が滅びていても、眼だけは残って継がれているということなのか。

 特攻。そういう意味かと、初めて理解する。

 

『見付かってはならない……深神に、与えてはいけない。須佐之男の持つ武器で、迦具土の炎を巻き上げ、級長戸辺の風で浄化せねば……火族は、神の子だったのだ……真江さんは、神の継ぐ子だった……火族……火を司る者たち……あぁ、そういうことだったのか……』


 男性は言う。

 神守は須佐之男(スサノオ)。オロチを打倒し、封じる力と武器と知恵を持つ者。

 神風は級長戸辺(シナトベ)。霧を払い道を示し、オロチの吐く瘴気を祓う者。

 深神は淤加美神(オカミノカミ)──しかし龍は、大蛇に堕ちてオロチとなり、日本を今また喰らおうとしている。


『明神が火族に加わって、歪な均衡が崩れた……淤加美神は、迦具土を殺す……格を取り戻そうと……己の格を得ようと……』


 ついに吐血をして、筆が男性の手から離れた。

 俺は一瞬立ち上がって手を貸そうとして、無駄なことだと拳を作った。

 この光景は過去の光景。今の俺が何か出来るものではない。

 ただ視ているしかないこの空間は、ただただ苦しいばかりだ。


 格。確か神守の封庫で視た光景でも、霧子は格がどうの、自分の所が一番になるだのと言っていた気がする。

 俺は古事記には明るくないが、霧子の中ではどうにも承服できかねる差が、最初の三家の中にはあったということだろうか。

 そこに、明神が加わってさらに乱れた?

 わからない。

 先生に聞いて、わかることだろうか。


『直紹……なおつぐ……どうか、平穏に……私とさなえの、たからもの……』

「……っ」

『運命など……宿命など、わたしは……あぁ、どうか……迦具土の火が……オロチの眼が……呪いを暴いて、くれます、よう……』


 ずるずると倒れていく男性の背を、黙って見つめる。

 そこでようやく見えた男性の顔は、目元が神風さんにとてもよく似ていて──流れた涙のせいで、日記の一枚は酷くよれてしまっていた。


 迦具土の火。

 オロチの眼。

 何故八岐之大蛇を最初に封印した三家に並んでいない明神にその眼があり、火を持つのか。

 そんなことは、外様の俺にはまるでわからない。

 当主になれば聞くことだったのだろうか?

 だからこそ、源一郎様は俺にこの試練をお与えになったのか。

 己の無知は悔しいが、俺はもうこの眼が真実を暴くのは知っている。

 明神が代々この眼を探し、先生が自分の手で俺を連れ、明神に並べたのは、理解出来ている。

 真実も、過去も──隠されたものを、見つける眼なのは、実感もした。


 任せて下さい。


 声には出さないけれど、グッと拳を作って目を閉じながら、眼の前で死にゆこうとしている男性に向けて、頭を下げる。

 俺が眼を閉じるその瞬間、男性がうっすらと微笑んだような気がしたのは、あえて視なかったことにした。

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