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祓火の番ー二十年の因縁と、封印された伝説の魔物。ハズレものの最強師匠に拾われた俺が、真実を焼き出す眼に覚醒して帝都の闇を焼き払うー  作者: ミスミシン
第六章 赤き眼、白き反撃

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第六十三話 20年目の真実

 日向子の前の灯守の、実の弟?

 そんなの、気まずいどころじゃないだろう。

 いくら神風さんのせいではないとはいえ、家族が政治闘争に巻き込まれて殺されたのと同じことだ。

 俺だったら気まずいというか、会いたくなかったというか──とにかくそういう、ぐちゃぐちゃの気持ちになるのは間違いない。

 その灯守(とうもり)を大事にしていたならば、余計だ。


「か、神風さんの前の灯守ってアレでしょ? めっちゃアレな死に方した人じゃなかったっけ?」

「おいバカ声がデカい」

「気まずいどころじゃないスか。大丈夫なのかよソレッ」


 和穗と俺とハルが口々に抗議してやっと、先生は「あれ?」って顔をして首を傾げた。

 この人、時々こういう所ある。

 たまにズレる師匠の倫理観にガックリ肩を落として、俺は胸元から日記を取り出した。


 日向子が血で汚れた手で触れた痕跡のある、紙束を括って作ったような本。

 普通に手帳でも使えばいいのに、無駄な紙を使わないようにということなのか、この日記帳は手製感が強かった。

 括っている紐や表紙に使われている和紙は上質なものだし、墨のにじみはないから、紙自体はきっと上質なものだ。

 もしかしたら、神風真江(かみて さなえ)という人はこういうものを作るのが好きな人だったのかもしれない。

 血で汚れた日記から察することの出来る人となり。

 俺はもう、隣の部屋の事は一度意識から外してこの本を見てみようと、そう決めて表紙に手をかけた。


 ふわっと開く表紙と、ほのかに匂う埃と墨と、血の香り。

 今まで閉じられていた表紙を開いたからか、一瞬だけ表紙を追いかけてパラリとめくれた数枚のページ。

 その隙間から、一枚の紙片が滑って床に落ちた。


「うっ」

「わっ」

「ひゅっ」


 ソレを見て、ハルが呻き、和穗が驚き、俺が変な風に息を吸い込んで軽くむせる。

 紙片は、写真だった。

 つるりとした紙に印刷されているのは、まだどことなく幼さの残る神風さんと──前の灯守の人。

 2人とも髪は乱れているし頬には煤がついているがいい笑顔で、何かデカい討祓でも終わらせた瞬間を切り取ったような。

 今にも彼らの笑い声が聞こえてきそうなほど、生命力に溢れている、日常。

 なんか、そんな……そんな、なんというか。


「……神風さんて、こんな風に笑えたんだ」

「え? なになに?」


 和穗が、どこかぼんやりと呟く。

 呆然と畳の上を滑った写真を見ている俺達の中で、先生だけが唯一状況を把握出来てない。

 まぁ、目が見えないならそりゃそうだ、という気持ちが半分。

 なんでこんな時にアンタが見えてないんだ、という気持ちが半分。

 俺は音が鳴るくらい歯を食いしばってから、おそるおそるに写真を手にとって先生の手に乗せた。


 先生は不思議そうにしていたが、手で紙の両面をさわさわと撫でる。

 そして裏面を撫でていた時、そこにあった文字に気付いて手を止めた。


直紹(なおつぐ)様と(あきら)、大型討祓記念──あぁ。あー……」

「裏面になんか書いてありましたか……」

「この日記、日向子ちゃんが持ってたんだよね? じゃあこの写真も、彼女が持ってたのか、な?」

「うっ」


 もうさっきから、ハルは胸をぎゅっとおさえて呻くばかりだ。

 まぁそれはそうだ。

 写真の中の神風さんは、多分今の和穗とそう年齢が変わらないように見える。

 きっと、まだ神風さんが当主になるよりも前に撮影されたものだろう。

 

 肩を組んで、汚れた頬を寄せ合い、大きな口をあけて笑う刀主と灯守。

 それは、本来であれば当たり前に見れるはずの光景で。

 これを見た日向子は、どんな気持ちでいたんだろうかと思うと、俺もまたハルの真似をしてそっと己の胸をぎゅっと掴んだ。

 しんどい、とは、こういう時に使う言葉だろう。多分。


「ねぇねぇ。日記読んでみよ、お兄ちゃん」

「……和穗、読んで」

「心が弱いな!」

「オレもちょっと無理……」

「和穗ちゃんよろしくー」

「もー役に立たない男たちだこと!」


 ぷんすこと怒りながらも、和穗は俺の手から日記をひったくってぱらりと開いた。

 まったくもって役に立たない男たちだ。自覚はある。

 でもこれは、これは、不可抗力なんじゃないだろうか……


「えぇと……6月5日。初めての子が誕生しました。記念に、この日記を付け始めようと思います……律儀な人ね」


 6月5日。神風さんの誕生日だ。

 日記の始まりがその日なのが、なんだかすごく、神風さんのお母さんらしい始まりな気がする。


「男の子が産まれました。難産だったけれど、産まれてくれたらすっかり元気になったみたい。きっとこの子は、人を癒やす力を得て、沢山の人を救う人になる気がする。名前は、旦那様と相談して直紹とすることに決めました」


 真っ直ぐ偽りなく、人との縁を取り持つ人になるように。

 そんな願いを込めてつけられた、愛しい我が子の名前。

 続く真江さんの日記の文章を聞いていると、神風さんの両親はどちらも我が子を愛し、何よりも大事にしていたことがわかる。

 あいにくと俺は、神風さんの父親のことも知らない。

 けれど、両親には愛されていたんだなと、少しだけほっとした。

 

 しかし彼女は、たったの3年も経たずに命を落とす。

 忙しい頃だったのか、最初の1年以外は日記も毎日は記録されておらず段々と減っていく。

 合間合間に書かれた彼女の日記は、夜住の大量発生と帝都の温度低下を記録していた。

 思わず、といった表情で和穗が顔を上げて俺を見る。


「今の帝都みたいだね」

「そうだな……大体、20年ちょっと前だって聞いたけど」

「そうだねー。直紹が今25でしょ、だからえーと、24年前?」

「オレまだ生まれてねぇわ」

「俺もだよ」

「あたしも」

「いいから続き読んでよ~。あ、お茶いる?」


 先生につつかれて、渋々和穗がページをめくる。

 そこで自然と一息ついて、いつの間にか先生がお茶を呑んでいたことに目を丸くしてしまった。

 気が付けば部屋には火鉢が置かれてお茶と菓子がそっと用意されていたことに、俺達は気付かなかった。 

 唯一先生だけが、お茶をいただいて上質そうな落雁を齧っている。

 言ってくれよ、と思いつつ、俺は和穗とハルの前にお茶を置いた。


 お茶は、もうぬるくなってしまっていた。

 

「……神守様が、八岐之大蛇(ヤマタノオロチ)討祓に赴くことに決めたとおっしゃった。お一人で、灯守もつけずに往かれるそうで、私も旦那様も引き止めたけれど、今が最善だと言う。私には、ついてくるなとおっしゃったけれど、お一人でなんか、行かせられない。だから私は、急いで霧子ちゃんに遣いを出して、一緒に行くと決めました」

「神守様って……先生?」

「うん」

「……先生ってもう40くらいなの? 若く見えるわね」


 男3人で、お茶を吹き出しかけて慌てて飲み込む。

 確かに、先生の事情を知らなければそう判断してもおかしくはないだろう。

 まぁそこはあとで説明するよ、なんて先生は言っているが、果たして本当に話すのやら。


「明日、討祓に赴くことに決まりました。神守様は来るなって言うけど、そんなことできない。あの子は、強いけど、まだまだ子どもの帳くんだもの。でも、怖くないわけじゃないから、旦那様と準備は万全にして行きます。もし戻らなければ、いつかこの日記を、誰か、直紹に見せてあげてほしいわ」


 恐らくは、真江さんが遺した最期の日記。

 俺は無意識に、唇を噛んで和穗の声を聞いていた。


「本当は、霧子ちゃんを呼んでよかったのか、悩んでいるの。だからきっと、私が戻らなかったら、霧子ちゃんが原因だと思う」


 和穗が目を見張りながらその一文を読み上げて、先生が手に持っていた落雁を乱暴に齧る。

 俺は、神守の封庫(ふこ)で視たあの光景を思い出して拳を握り込んでいた。

 真江さんは、気付いていたのか。

 確信は持てないまでも……霧子には、そう思わせる何かが、あった?


「でも、八岐之大蛇は三家で封じなければいけない。帳くん一人でも出来るけど、でも、それは、彼の命を削る封印になる。それは駄目だから、賭けを、しなければいけない」


「明神さんと御神苗さんには、言わずに行くのですって。あの子らしいわ。でも、それは駄目だから、私が伝えた。どうか、これも悪手にならなければいいと、願います。どうか、私の悪い予感が現実にはなりませんように……」


 すぅ、と和穗が一呼吸置く。

 自然と俺とハルも息を呑んで、ふぅと吐いた。


「妻の日記の、後を継ごう……だがきっと、私はじきに死ぬ。だからこの日記を封庫に封じ、必要とする者が現れた時に解かれるようにしておこうと思う。帝都の熱を食う魔物──八岐之大蛇。私の研究が間違っていなければ、この者は──もうすでに、妻が討祓に向かう前に、死んでいる」


 日記をパタリと膝に置きながら、和穗が苦渋をにじませた表情で続きを読んだ。

 今度こそ、先生の顔色が変わり──俺も、腹の奥から力いっぱいの「は?」という息を漏らしていた。

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