第六十話 死神
その夜、神風家は一晩中騒がしいままだった。
無数の人間の死体に、破られた門扉の仮修復。
怪我人の治療や、戦闘要員以外で櫓に上がって周囲の警戒もしなければならない。
そのざわめきは帝都全体に広まっているようで、町中も一晩中どこかしらが明るかった。
あの爆発事件のすぐ後に、周辺で一番の名家の襲撃事件だ。
一般市民たちだって落ち着かないだろうし、不安でもあるだろう。
神風家は市民たちにも門戸を広げ、治療のために手を尽くしてきた。
その救いでもある屋敷から火の手が上がるだなんて、市民たちが恐怖におののくのも無理はない。
明神家と御神苗家の屋敷は──焼けて落ちたそうだ。
何人死者が出たのか、そちらの把握は出来ていない。
葵が確認してきた通り、火の手が上がって容赦なく焼かれたのだとわかる。
だがそちらに足を向ける余裕は、今の俺達にはなかった。
「大丈夫だよ! お屋敷からは燈老議会のお社に行く隠し通路があるもん。みんな絶対無事!」
救いは、そう言い切る和穗の元気さだった。
根拠は無いくせに、傷の治療を受けながら自信満々の顔で言い放った和穗に、周囲の刀持ちたちもこころなしかほっとした表情になる。
やはり刀主がそうやってハッキリ言い切ることは、下の人間たちにとっては心強いことなのだろうと、思う。
今の俺には……いや、俺だけじゃない。
俺にも、神風さんにも、先生にも、そうやって自信満々に言ってのける元気はないから、和穗の存在は本当に重要なものだ。
根拠のない自信であっても、言い切るだけで「そうだな」と返せる。
俺も、少しだけほっとしている自分を自覚していた。
おかげで、少しだけ眠れたのだろう。
ぱかっと目を開いた時、一瞬前まで真っ暗だった部屋はいつの間にか明るくなっていた。
陽はすでに中空にあるのか、影のさし方も朝のそれではない。
もそもそと布団の中に潜り直した俺は、同じ布団の中にある体温に気付いて「ふぅ」と溜め息を吐く。
「先生、もう昼ですよ」
「うーー……ん」
デカい術の連発で冷え切った俺をあたためたのは、やはり番の熱だ。
先生自身も怪我人の治療のために薄着で駆け回っていたせいで身体がとても冷えていて、数が足りなかった布団に一緒に潜り込んで体温を上げようと必死になった夜だった。
子供の頃みたいにただ先生に抱き込まれるだけじゃなく、貰った行火を抱え込んで震える身を寄せ合う。
それほどまでに、〝寒い〟夜だった。
「ざぶいよぉお……」
「先生、熱出てないか。もうちょっと休んでたほうがいいかも」
「駄目だよぉ、怪我人ほってきちゃった……」
「アンタもその怪我人の範囲に入ると思うんだけどな」
「起きたらまた動けるように大の大人の男が揃って抱き合って寝たんだから……起きなきゃ」
あー、と唸り声を上げながら起き上がった先生は、肌に触れる冷気にまた「寒い!」と文句を言う。
指先を温めようとでもいうのか、俺の顔にべとっと両手を当てた先生に、仕返しで首元の刻印に触れてやる。
寝起きで指先がぬくまっているおかげか、先生は刻印に触れられてもなんてことのない顔をしていた。
今度は、冷え切った指先でやってやろう。
そう心に決めるだけで、何故か少しだけ、胸元があたたかくなった。
部屋に2個も置かれていた火鉢はもうどちらも燻るだけになっていたから、俺も起き出して火種に火を熾してもらう。
入る角灯を失った火種は、俺と先生の足元に居て足元をあたためてくれていたようだ。
どういう作用なのか、火種は布団を焦がすこともなければ火事を起こすこともない。
そうなると、本当にただの小動物のように見えてきて、くるくる回ってから火鉢に火を入れるその姿をぼんやりと眺めた。
御神苗や明神からも避難してきた者が居る中で、火鉢を2個も貸してもらえたのはそれほど俺達が疲れ切っていたから、だろうか。
本当は先生にも、もっと休んでいて欲しい。
でも先生は絶対に、「休んでくれ」と言うと「やーだね!」と反発してくるだろう。
そういう人だ。俺の思っていた年齢にさらに20歳が加算されたというのに、まったく大人っぽくない。
もう慣れた、けども。
「ソウちゃん、その本早く持ってこ」
「……あぁ」
「そんな本あるなんて、僕も知らなかったから早く読みたい」
その本、と先生が示したのは、日向子から託された「神風真江」の名が書かれた本のことだ。
昨日寝る前に先生とパラっと開いてみたら、その中身はどうやら日記のようで顔を見合わせてしまった。
先生も知らなかった、神風家の刀主であった女性の日記。
日向子が託した以上、絶対に何か重要な情報が刻まれているという確信が、俺達にはあった。
けれど、この本を2人きりで読むわけにはいかないというのも、共通認識だ。
だってこれは、神風さんのお母さんの日記だ。
真江さんは神風さんが5歳になる前に霧子によって殺されてしまったけれど──だからこそ、あの人にもちゃんと見せなければ。
少しでも、支えになればいい。
そう願いながら、着物を着替えて本を手に取る。
「これ、あんまり言いたくないんだけどさぁ」
「はい?」
「直紹……死神って呼ばれてるって、言ったっけ」
「……なんか、うっすら聞いたような」
嘘だ。俺は、神風さんにまとわりついているその呼び名を知っている。
最初は、神風さんの母の真江さん。
次は、真江さんの代わりに当主となった神風さんの祖母。
その次は、そのお祖母様が亡くなった後を継いだ祖父。
そして、彼の幼馴染みであり灯守であった人。
神風さんが生まれてから、神風さんの周囲では彼に近しい人間の死が続いている。
──それが、彼に「死神」なんていう異名を刻みつけてしまった。
「きっとまた、なんか色々言う奴居ると思うんだよね」
「……でしょうね」
彼は、また灯守を喪った。
神風さんの周囲では5人目の犠牲者。
それでも神風さんは神風家の当主であり、刀主でもあるから、次の灯守をつけないわけにはいかない。
絶対色々言う奴いるんだろうな、なんてのは、想像しないでもわかった。
今の状態の神風さんにも、容赦なく、その言葉を叩きつける人間がいるだなんてことは。
しかし無情にも、廊下に出れば神風の家の中は落ち着かない空気で、ざわめきがあちこちから聞こえる。
この中のどれくらいの声が、神風さんに向けられた刃なんだろうか。
「おはよー、お兄ちゃん。遅かったねっ」
「こっちは昨日忙しかったんだよ」
「神風さんもう、治療所の方いるよ。神風さんの方が元気なんじゃない?」
「は?」
「なんか、昨日は火種で戦いの痕も見て回ってたみたい。凄いよねぇ、あんな寒かったのに」
廊下の寒さに白い息を吐いていつも刀主と灯守が集められる客間まで行くと、先にそこに居た和穗が包帯の交換を受けていた。
治療士らしい白衣を着た女性は、慌てて俺達に頭を下げて和穗の着物を整える。
俺達は片手を上げて彼女に「そのままでいい」と示すと、その場に座って和穗の話に頭痛を覚えた。
神風さんが休めないのも、わからないでもない。
でも、今は彼が一番休むべき時なのに──
「ね、お兄ちゃん。日向子ちゃんは? いつ戻って来るの?」
さらに邪気のない和穗の言葉に、俺と先生は目元を手で覆いながら溜め息をつくしかなかった。
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