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祓火の番ー二十年の因縁と、封印された伝説の魔物。ハズレものの最強師匠に拾われた俺が、真実を焼き出す眼に覚醒して帝都の闇を焼き払うー  作者: ミスミシン
第五章 反逆、喪失

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第五十四話 大蛇の眼、人間の瞳

「ソウちゃん」


 見開いていた目元に触れるひんやりとした指先の感触と、聞き慣れた、優しい声。

 俺はノロノロと顔を上げて、眼の前に居る色のない青年を、見た。


「ソウちゃん、大丈夫?」


 心配そうな先生の目には、もう色がない。

 濁っているのだとか、眼球自体に何かがあるのではなく、色そのものが抜け落ちているのだ。

 これが、オロチ封印の代償なのか?

 真江さんと、真江さんの灯守と、霧子の灯守と──彼らの命を背負った上でまだ、先生はオロチに何かを差し出し続けているというのか?


 何故、どうして。

 霧子の叫びは未だ耳に残っているけれど、彼女が何故そんな事をしたのかは、わからない。

 俺は、家格だとか、歴史だとか。そういうものとはまるで無縁の家に生まれた。

 今でこそ明神の次期当主という名目を背負ってはいるけれど、彼女の叫んだ言葉の意味は、サッパリだ。


「……先生、オロチは今……どうなっているんですか」

「……何か、視えたの」

「どこまで現実なのかは、俺にはわからないけど……でも、先生が、一人でオロチを封印したんでしょ?」


 視えてんじゃん、と苦笑して、先生は俺から目を逸らした。


「そうだよ。いくら僕が弱らせた後だったとしても、あの時霧子はオロチを倒すことは出来なかっただろうし、そうなれば誰も留める人いなくなってオロチを野放しにしてしまうと思ったからね」

「倒されないために、封印を?」

「あの時は、それしか手段が思いつかなかったんだ」


 よろけながら立ち上がると、日向子がそっと支えてくれた。

 神風さんはまた顔色が悪くなっていて、彼にも何らかの影響があったのかもしれないと思う。

 今視たものが真実なのか、本当に過去にあったことなのかは、俺にはわからない。

 

 でも──アレが真実であったなら、俺がこの刀を向ける先は、決まったようなものだ。


「オロチは、もう何百年とこの帝都の地下に潜んでいて、帝都の熱を食っている、と聞きました。倒すことが出来ず、定期的に神守、神風、深神の三家で再封印を施すことでオロチが溜め込んだ熱を解放させ、気温が極端に下がり切るのを防いでいるのだ、と」

「うん、そうだね」


 神風さんの言葉に、先生が頷く。

 さっき視たものが現実であり、先生と神風さんの言葉をそのまま受け入れるのなら、先生はその続く封印の儀式を終わらせるために討祓を決めたのだ。

 でも討祓は、神守と神風の当主を殺し、栄誉を全て自分のものにしようとした霧子に邪魔された。

 その結果、オロチは先生に再封印され、この20年で再び帝都は熱を失い始めている。


 20年という時間が、オロチにとって長いのか短いのかは、俺にはわからない。

 でも確かに、子供の頃よりも最近の方がずっと寒いのわかっていた。

 その20年を、先生はどうやって生きてきたんだろう。

 先生とはもう付き合いも長いはずなのに、どうしたってそこが分からない。


「本来は三家でする儀式を……貴方は一人で行ったのですか。私は、三家で行ったと聞いていたのに……だから貴方は、目が」

「出来たからねっ」

「この帝都を、日本を! その熱を食らい続ける神話の産物を一人で封印するだなんて、どれだけ危険か分かってるはずでしょうっ」

「うーん、でも出来たから」


 目眩を起こしながらの神風さんの叫びに、俺はまた右目を手で覆った。

 出来たから、なんてケロっと言っている先生の、あの瞬間の姿を思い出す。

 全身を真っ赤に染めて、腹の中から血を吐き出しながらも、ただ一人で()()()()()()()()んだ。

 出来たんじゃない。

 やらなければいけなかった。

 だって、他の人はみんな、死んでしまっていたから。


「貴方の身の冷えは……オロチが起きる気配が分かっていたのは……もう封印が切れるまで時間がないということですよね……?」


 神風さんの声は、血を吐いているかのようだった。

 先生は神風さんを少し眺めてから、にっこりと笑って「そうだね」と言った。

 

 今、俺が次期当主として試練を受けた意味。

 今、俺と先生が番を結んでいる意味。

 今、神風さんが確定で俺の味方であるという意味。

 今、先生が神守の封庫を俺たちに開いて過去を明かした、意味。


 今じゃないと駄目だから。

 今じゃないと手遅れになるから──

 今が一番、先生も弱っている時だから。

 だから霧子も今、動いたのか。


「本当はさ、ソウちゃんの目も覚醒しないままでよかったのにって、思ってるよ」

「……俺は」

「その目はね、下手な使い方をすると脳の深部にまで凄い負担がかかるんだ。本来は、オロチの眼球だからね。人間には過ぎた代物なんだって。すぐ死ぬとかじゃないけど、凄く痛いって聞いたよ。今が、そうだよね?」

「……は」

「僕があの時ちゃんとオロチを殺していれば、ソウちゃんがこんなに苦しむことはなかったのにね」


 ごめんね。

 先生の指が、俺の目をまた閉ざす。

 冷たい指先は熱を持った目を冷やすには心地よすぎて、眠ってしまいたいくらいだ。

 この看破の目は、オロチの瞳。

 伝承の中で赤き眼を持つという八岐之大蛇の、真実を焼き出す眼。

 八岐之大蛇への特攻術式なのは、オロチそのものの一部だから、なんだろうか?


「先生、俺は」


 俺は、そう言いかけた所で、地面そのものが跳ね上がったような衝撃が、身体を襲った。

 ドッ、という音は、外から聞こえてきたというよりも、身体の内側に叩き込まれた、ような。


 俺は咄嗟に俺の目を覆っていた先生を抱え込んで転がり、床に爪を立てる。

 爪が剥がれそうになるくらいに床を掴んでも、幾度も地面が跳ね上がれば、弾かれる身体を抑えることは出来なかった。


「神風さんっ! 日向子!」

「大丈夫ですっ!」 

 

 叫べば、返事をしたのは日向子の方だった。

 ガシャン、と甲高い音をたてたのは日向子の角灯(ランタン)だろうか。

 先生の頭を抱え込んで、床に面する部分が出来るだけ少ないように俺が下に回っているから、少なくとも先生のものではない。

 

 これは地震、じゃない。

 何かがこの封庫を掴んで振り回しているような。

 そんな、空間が跳ね回るような衝撃だった。

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