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祓火の番ー二十年の因縁と、封印された伝説の魔物。ハズレものの最強師匠に拾われた俺が、真実を焼き出す眼に覚醒して帝都の闇を焼き払うー  作者: ミスミシン
第五章 反逆、喪失

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第五十二話 八岐之大蛇

「そもそも貴方は、嘘が下手すぎるんですよ」


 黙り込んでしまった先生の背後から、ノソノソと顔を出した神風(かみて)さんが気怠げに言う。

 日向子も本棚に隠れながら頷いていて、俺はそちらを見てつい笑ってしまった。

 2人とも、最初から疑ってもいないと言いたげな表情だ。

 ゆっくりと顔を上げた先生は、そんな声にも困惑した表情をしていた。

 なんでこんな所だけ、こんなに自信なさげなんだろうか。


「そもそも、オロチの仲間って……オロチはそういう知恵のある存在なんですか」

「あーそっか、知らないか」

「そ、そうですね。さっきみたいな大きな蛇なのかなー、くらいしか……」

深神(ふかみ)霧子も、仲間ではないんですよね。でもオロチは、仲間を作るくらいの知能はあるんです?」

「うーん、なんて言えばいいのかな」


 先生の思考が切り替わった様子を見て、少しホッとする。

 落ち込んでいる先生を見ていると、俺も落ち着かない。

 苦しんでいる先生を見ているなら、自分が笑いものにされているほうが、よっぽどいい。


「オロチには知恵はあるよ。異形なのは夜住(よすみ)と同じだけど、知恵は人間よりもよほど高いかもしれない」

「姿格好は、伝承の通りで?」

「うん。八つ首の大蛇だよ。でも、首が八つに別れてるくらいだからね、身体は相当に大きい」


 俺の前からスルリと抜けた先生は、手で空中を探るようにしながら封庫(ふこ)の中を少し歩く。

 それについて歩くと、先生はやがて辿り着いた奥の方の棚を手探りでいじり始めた。

 奥の方の棚は、さっきまで居たあたりと比べれば棚の色が濃く、少しだけささくれている。

 普通に触れたら指に棘が刺さってしまうのではと心配になったが、触れてみればニス塗りでもされたようにつるりとしていた。

 

 先生は何度か本を取り出しては表紙を撫で、戻してはまた別の本を出している。

 中身を見ることが出来ないからか表紙は撫でるだけだが、それで何かわかるのだろうか。

 神風さんと顔を見合わせた俺は、そっと先生に近付く。


「あった、これ! この本の表紙に、八岐之大蛇(ヤマタノオロチ)の絵が描かれてるはずだよ」

「あ、本当だ。でかい蛇……いや蛇、か?」

「手が、ありますね」

「牙もありますぅ……火、吹くんですかぁ?」


 先生が嬉々として見せてきた本の表紙には、経年劣化で色の変わった紙に、墨で描かれたのだろう線が踊っている。

 しかしその絵は──なんとも、蛇とは言えない感じだ。

 神風さんの言う通り両手と言える体を支える腕があるし、日向子が怯えるように牙の生えた口から何かを吐いているのだから。

 これが蛇と言われたら、俺も悩んでしまうだろう。


「でも、実際こんな感じだったよ。腕は四本あったし、足もあったけど」

「ひぇえ……」

「そもそもこんな巨体、どこに居るんだ? でっかかったんでしょ」


 腕も足もある蛇、なんて、気味悪いどころじゃない。

 さっきの大蛇も腕が六本あったが、首が八つある段階でアレよりもデカいのだろうし。

 そんなものが帝都のどこかに居るのなら、目撃されていない方がおかしいんじゃないだろうか。

 先生たちが20年前に戦ったのであれば、絶対に誰か知っているはずなのに。


 俺たちが首を傾げていると、先生は「そういえば」とばかりに手を打って、

 

「八岐之大蛇はね、帝都の地下に居るんだよ」

「地下?」

「そう。帝都の地下でね、帝都の熱を食っているんだ」


 だから何十年かに一度封印をし直さないと、どんどん寒くなっていっちゃうんだよ。

 

 先生のその言葉にハッと息を呑んで、ようやっと俺の試練の本当の意味を理解する。

 源一郎様が俺にその試練を与えた理由も──今、明神がその使命を背負ったことも。

 理解すると同時に、右目の奥がズキンと痛んだ。

 いつもの熱ではなく、ただただ痛い。

 

 反射的に右目を覆うと、俺の変化に気付いたのか神風さんが背中を叩いてきた。

 力の入っていない、こちらを伺うだけの手だ。

 だが俺はそれに応じられず、痛みに背中を丸める。

 眼の前が、チカチカと火花が舞うように明滅して、視界の端から知らない景色が侵食してくる。


 日向子が慌てて近付いてくるのが分かる。

 彼女がかけてくれている声も、先生が俺の目を隠してくれているのも、わかる。

 でも、それに応じることは出来ない。

 口を開けば胃がひっくり返ってしまいそうで、口を開くことすらも──



 

『ねぇ、帳くん。本当にオロチを倒すつもり? 封印だけでもいいんじゃないかな』



 

 背中をさする神風さんの手と、目を隠してくれる先生の手と、心配してくれている、日向子の声。

 俺の周囲にあるのはそれだけのはずなのに。

 それだけでいいはずなのに、知らない女性の声が不意に耳に入ってきて──眼の前を、実体のない黒い髪の女性が、通り過ぎていった。

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