第五十話 偶然必然、俄然慨然
先生は語る。
明神家は頻繁に養子をとって、その子を当主としてきたこと。
その養子は俺と同じ、「看破の術式」を持っている子どもだということ。
今の当主である源一郎様の代には俺と同じ目の子どもが発見されず、源一郎様は前の明神家当主の息子であるということ。
明神家はそういう意味では、代々の血を繋いでいない、ハズレ者だという、こと。
「僕がオロチに負けた時、ソウちゃんに出会っていなかったら明神の種火が消えていたかもしれないね。神守か明神か、どっちか選ぶしかなかったんだ」
「どういう、ことですか?」
「ソウちゃんの目の術式は、継承されるものじゃない。いつどこで産まれるかわからないんだよ。でも、弱点がわからないオロチにとっては特攻とも言える術なんだ」
だから、何よりも優先されないといけなかった。
そう言いながらそっと己の目元に触れる先生の身体に、消えない傷が残っていることを俺は知っている。
刀持ち時代に受けた傷だと先生は言っていたけれど、つまりそれは、オロチと戦って受けた傷なのか。
呆然と話を聞いていると、先生は自分の目を触っていた手で俺の顔に触れた。
「僕が神守を捨てて君の灯守になることで、神守の火種が潰えるか。それとも、君を明神に迎えずに明神の火種を潰して神守を存続させるか……20年前はその岐路だった。それで僕は──君の平穏な日々を奪って、明神をとったんだ。君は、僕を呪っていい」
「なにを……」
「君のご両親にも、君を明神に迎える時に言われたよ。君が明神に来たら、君は明日のご飯や寒さの心配なんかしなくて済むようになる。けど、もう二度と普通の生活には戻れない」
この戦いは、君の未来を奪ってまでする価値があるものなのかな。
先生の手がそっと俺の右目を封じて、俺はもう一方の左目でぐしゃりと歪んだ先生の顔を見つめていた。
こんな表情をする先生を見るのは、初めてだ。
いつだって飄々としていて、ニコニコと笑顔の先生。
その綺麗な顔で、綺麗な目で、綺麗な身体で、ずっと俺を見守っていてくれた、帳先生。
今はその顔は俯いたまま、俺の方を向いてもいない。
先生がそんな事を考えていたなんて、知らなかった。
「君は、偶然その目を持ってしまっただけで、火族の血を引いてるわけじゃない。戦う義務もないし、責任だってないんだ。でも僕は……君の手が触れた時に、その手を離せなくなってしまった」
「先生」
「番って厄介だね。あの瞬間、気付いてしまった──でも、離すことも出来たんだ。素直に手放していれば、君はご両親の所で、刀なんか持たずに暮らせた」
「ねぇ、先生」
「その平穏を、僕が──」
「帳さん」
名前を呼ぶと、ようやくゆっくりと、先生が顔を上げた。
真っ白な目は前を向いているだけで俺を見てはいなくって、けれど先生の目元に手をやるとようやく、まっすぐに俺を見てくれた。
先生の目元が、しっとりと濡れている。
涙は流れていないのに、まるで全身で泣いているような、そんな表情で。
「俺は先生を恨まないし、呪わないよ。きっと俺は、先生があの時手を離していても、勝手にアンタについてった」
「……今だから言えることだよ」
「違う。だって俺も、あの時アンタの手に触れた瞬間、アンタを離しちゃいけないって思ってた」
先生は、番は厄介だと言った。
でも俺は、番というものは運命を共にする存在であり、自分たちの意思で選ぶものではないのかもしれないとも、今は思う。
神風さんみたいに強引に引き合わされることもあるけれど、日向子と神風さんは上手くいってるように見える。
俺と先生だって、偶然出会っただけだけれど、その偶然が必然だったんじゃないかとも思うのだ。
「偶然とかそういうのを呪うなら、あの場で倒れてた自分を呪わんと駄目でしょ」
「うあー……それはそう。でももうあそこで動けなかったんだよ……霧子に刺された後オロチに色々奪われちゃったからさぁ……」
「……霧子……さんとオロチはグルなんですか?」
「いや、違うみたいだよ。霧子はオロチは自分で殺すって言ってた。あの時は偶然……あぁこれも偶然か。偶然、利害が一致したって感じだと思う」
偶然、偶然。ここでも偶然か。
先生はまた目を伏せて、多分何かを悔いるような表情をした。
大方あの時自分が油断しなければとか、せめてオロチを倒せていればとか、そういう事を考えているんだろう。
本来「出来る」側の人だから、きっとやろうと思えば本当に出来たはず。
だからこその、悔いだ。
普通の人間であれば、そんなこと悔いなくてもいいんだ。
ただ生きていてくれただけで、いいのに。
「なら、俺がオロチを倒して深神霧子の思惑を潰せば、先生と神風さんのお母さんの仇がとれるかな」
先生が、数回瞬いてからまた、俺を見てくれた。
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