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祓火の番 ―火種は怪異の死骸、灯火は己の命。常冬の帝都に沈む謎を、ハズレ者が焼き尽くす―  作者: ミスミシン
第一章 常冬の帝都と、焼き払う灯火

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第五話 黒焦げの後継、ニセモノとマガイモノ

 翌日、たっぷりと睡眠をとってから俺は灯楼(とうろう)へ向かった。

 身体はまだ少し睡眠を求めているが、外に出れば頭も冷えて眠気もとれるだろう。

 昼も過ぎ、寒さは夜よりもずっと柔らかい。

 それでもこの季節は分厚い羽織が必要だし、もう何時間かすればまた冷えてくるだろう。

 寒さに和らぎはあるものの、一日中温かい日なんてものは、今の帝都にはない。


 だが、今息を吐き出しても白く濁ることはないので、今日の火種は調子がいいんだろう。

 灯守(とうもり)の持つ角灯(ランタン)の中で揺らめく灯し火の火種。

 その火種が常に輝いている場所こそが、灯楼だ。

 文字通り塔のような高い櫓の一番上には、一際大きな火種が敷地内を照らしている。

 灯火の刀を持つ者──火族(かぞく)の屋敷の中にあるこの灯楼の火種が照っている間は、帝都に大きな問題は起きていないという。

 少なくとも、寒さ以外は。

 

 それでも、この火種がついていなければ帝都はもっと気温が下がっているはずだ。

 逆に言えばこうでもしないと帝都の気温は、山間部だとか海沿いなんかよりもずっと低い。

 夜住(よすみ)の出現率も、帝都が飛び抜けて高いと聞く。

 俺は他の地域のことは知らないが、本当なんだろうか。

 

 俺がこの明神家に迎えられた時、初めて見せられた大きな火種。

 この火が消えるのは、火族として選ばれた家の当主が絶えた時なのだそうだ。

 火種を焚いている家は今は四家だが、過去には五家あった──そのことも、その時に聞いた。

 けれどその五家目は夜住との戦いで滅び、今では過去の存在になっているのだと、先生は言っていた。


 いつか、この明神家の火種も潰えるときが来るのだろうか。

 下から灯楼を見上げつつ、そんなことを思う。

 今は俺が次代当主として選ばれてはいるが、俺の子や、さらにその子が明神の灯を絶やさないとも限らない。


 それに俺は、そもそも明神の血統ではないのだから──もしかしたら、俺が継いだ途端に火は消えてしまうのかも。


「何ぼけーっとしてるの? ここじゃ稽古はしないよ」

「先生を迎えに来たんですよ」

「それにしちゃあ、ぼんやりと見上げてたじゃない」


 灯楼の根本が一部割れるようにズレて、中から寝巻きのままの先生がのそのそと出てきた。

 まだ眠そうに白い欠伸をしているところを見ると、起き抜けのようだ。

 肌の色とそう変わらぬように見える白い襦袢だけの姿で、寒くはないんだろうか。

 大方、俺の気配が近付いてくるのに気付いて起きてきたんだろうが、せめて一枚羽織って欲しい。


「煤は?」

「昨日のうちに白服たちが火種に追加したよ。おかげ様で火種も元気元気」

「そうですか」

「なぁに、そのぽけっとした返事。考え事?」


 こつん、と戸に頭を預けながら、先生は何でもないような表情で聞いてきた。

 なんでわかるんだ。

 いつも思うが、この人の色のない目は、何を見ているんだろう。


 俺は、考えることが苦手だ。

 考えすぎてぐちゃぐちゃになるし、悪い方向にしか思考が動かない。

 戦場ではいつだって刀を振ることしか考えていないし、思考するとしたら夜住の倒し方くらいのもの。

 先生の指示に従っていれば大丈夫だ、という考えが先にあるからかもしれない。

 俺がいなくても、他の刀主たちがなんとかしてくれると思ってしまう瞬間がある、から、かも。

 

 だからいつも、少しでも脳があくとどうしても考え込んでしまう。

 これは自分でもわかっている、悪いクセだ。


「あの火種は、俺でいいんでしょうか」

「なーん……またそれ考えてたの?」

「俺は、明神の血筋ではないので……」

「でも火種は、お前を拒絶しなかったじゃない」


 どこからともなく近付いてきた使用人が、頭巾のついた羽織を先生の肩にかけた。

 先生はそれに手を通しながら、頭巾を目深に被ってようやく灯楼から出て来る。

 草履を履いているはずなのに、足音ひとつ立たない。

 白い絹に金色の刺繍の羽織は、時折昼の光を照り返して、それだけであたたかそうだ。


「火種は、資格のない者は燃やしちゃうんだよ。お前も見たでしょ」


 鼻が付きそうなほど近くに、先生がグイと顔を寄せてくる。

 真っ直ぐに俺を射抜いてくるその瞳に、背筋にヒヤッとしたものが走った。

 触られてもいないのに、真っ赤な熱が額に押し付けられて、外気との差で汗が出たような、妙な違和感。

 こういう目をしている時の先生は、少なからず怒っていることが多い。

 普段は優しくて明るく俺を導いてくれる先生の瞳が、この時ばかりは氷のようだ。

 俺が未だに同じことでウジウジとしているから、呆れられているの、かも。


 少し、目が疼いている気がする。

 灯楼の最上階で燃える巨大な火種が、俺の血液を沸騰させているかのような錯覚。

 血は繋がっていなくとも、この火だけは俺を「家族」だと認めているような疼きだ。

 その事実が、誇らしくもあり、同時に酷く俺を縛り付けている、ような……

 

「……見ましたけど」

「もしお前に資格がなかったら、あのニセ後継者候補みたいに消し炭になってた。でもあの時、お前はなんて言った?」


 俺が初めて火種と対面した時──

 あの時は、俺は何が起きているのかも、これから何が起きるのかもサッパリわかっていなくって。

 けれど、眼の前で火種に触れようとした女が突然燃え上がって叫びながら焦げていった光景は、今でも忘れようもなく脳裏に焼き付いている。

 肉と髪を焼く火の、なんとも言えないあの匂いも、未だにはっきりと思い出せた。


「……あったかいって、言いました」

「だよねー? 火種に選ばれた人間でもそういう反応はめっちゃ珍しいんだよ」


 あ、でも他の家の火種に触ったら燃えちゃうから試しちゃ駄目だよ!

 さっきまでの真剣な目を緩めて、先生が茶化す。

 その瞬間、眼球がちりりと熱を持った。

 先生の心のどこかが、今、確かに弾んだのだ。

 それが伝わってきてしまう気恥ずかしさに、俺はわざとらしく視線を逸らした。

 

 あの女は──先代明神家当主の落胤だと名乗る女だったと聞いたのは、何年か後のことだ。

 先代の明神当主は子供を遺さずに若くして亡くなったから、財産目当てのそういう輩は初めてのことではないと。

 けれどあの時、先生に連れられた俺はそんな事情もよくわかっていなかった。

 ただ、俺と同じように誰かに擁立され隣に立った女の敵意ははっきりと感じたし、子ども心にその目の鋭さがとても怖くって。

 だからつい先生にしがみついて様子を見守っていたのだが、あの時先生が


『下らない。本当に先代の子なら、火種に聞けばいいんだよ』


 と言い捨てた時の冷たい目は、今では想像もできないくらいの鋭さだった。

 まるで、最初から彼女が焼かれることを知っていたかのような、確信に満ちた冷酷さ。

 なのに、俺が火に手を伸ばし、「あったかい」と呟いたその時には、先生は憑き物が落ちたように優しく笑ったのだ。

 本当に、なんというか……俺の灯守は、得体が知れない。


 異人の多いこの帝都でも見ることのない、白髪とは違う真っ白な髪。

 目は見えているはずなのに、色がないように見えるくらいに薄く、虹彩がないかのような、真っ白で。

 抜けるように白く、時折青い血管が透けて見える肌は、それ故にか日光に弱い。

 太陽が出ている時には彼はほとんど灯楼で過ごすか、頭巾のついた外套を羽織って顔を出すこともない。

 そのせいか、角灯を持っていると時折身体が透けているんじゃないかと錯覚させることもあった。


 口さがない者はそんな先生を見て「あの灯守こそが夜住の頭目だ」と言ったりもしたものだ。

 真っ黒い夜住を支配するのは、真っ白な者なのだと。

 夜住の頭目が、明神を乗っ取るために外者を──つまりは俺を連れてきたと。

 バカバカしい。

 あの白い肌には、彼がまだ刀を持って戦っていた頃に受けた傷がいくつもついているというのに。

 ただ少し、人と違う外見だというだけで、噂話が絶えることはない。


 俺については何を言ってもいい。

 でも、俺を利用して先生を傷つけるのはやめて欲しい。

 どうしてか、こういう連中の声は大きくて、聞きたくなくても耳に入ってくるものだ。

 だから俺は早く強くなりたくて、こんな連中を黙らせるために長時間風呂に入って無理に体温を上げてでも、毎日毎夜警邏に出るのだ。

 

 今日もこれから先生に稽古をつけてもらうつもりで、木刀を腰に佩いている。

 明神流は下手に使えば自滅しかねない、火力に偏った刀術だ。

 稽古はしてもし足りない。


「……先生、俺は」

「あ、いたいた! せんせー! お兄ちゃーん!」


 言いかけた言葉が、熱い塊となって喉に詰まる。

 言葉が、焼き付いてうまく出てこない。

 それを無理やり飲み込ませたのは、廊下の先から響いてきた騒がしい足音だった。

 

「おー、和穗ちゃんいらっしゃーいっ」

「お邪魔します!」

「やぁ、ハルくん。夜はお疲れ様」

「いえ」


 ほんの少し気まずい空気をぶち壊したのは、和穗の大声だった。

 俺は言いかけた言葉をグッと飲み込んで、和穗とハルを見る。

 いい年齢の女性だというのに、アイツはいつまでも子供っけが抜けない。

 あんな大声を出しながらドタバタと走り回れば、はしたないと叱る大人がいてもいいものだが。


 ……まぁ、アレはアレで、御神苗の次期当主だ。

 俺とは違って正当な血筋を持つ、生まれながらに選ばれていた存在。

 彼女に物申せるのは、その背後に音もなく控えている大男くらいのものだろう。

 俺は、どうにも抜けない憂鬱に、知れず深く深く、ため息を吐いていた。

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