第四十五話 炎風、一閃
俺が斬りつけ、神風さんが矢を撃ち込んだ傷を覆うように、肉が盛り上がって浸出液を溢れさせる。
びちゃびちゃと音を立てて散る液体は、血液のように床に散って足元を泥濘ませた。
いまここは地下室ではなく、土の上だ。
そう思わなければ、混乱で頭が持っていかれる。
「走紅!!」
炎で包まれた足が、脚力を跳ね上げて一瞬で大蛇の顎の下まで疾走する。
一瞬でも制御を間違えれば転んだり壁に突っ込んでしまってもおかしくない、筋力強化の炎。
だが今は、惜しんでいる状況ではない。
「爛打っ!!」
大蛇の一本目の右腕がバネのように跳ね上がる。
長くしなる巨木のごとき腕がうねりながら地面に叩き付けられる瞬間、俺は迷わず爛打を打ち込んだ。
平衡感覚が崩れたままの、安定しない攻撃。
しかしその分は上昇している筋力で誤魔化す。
一閃目で俺を潰そうとしていた巨大な手のひらを出来る限り深く、裂く。
ゴリッと、一瞬固い感触が刃ごしに伝わってきて、目を見開いた。
手のひらには、骨がある。
ならばと回転しながら炎をまとわせた返す刃で指を二本、切断する。
刀の鉄が熱を帯び、中指と親指が吹っ飛ぶと同時に肉を焼いた匂いが鼻をついた。
回転しながら腰を落とし体勢を整えて、脇差しで人差し指を、さらに再び太刀で残った二本を斬り、焼く。
赤ん坊のような叫び声は、最早怒りの絶叫と化している。
痛みを感じているのかは、わからない。
しかしまともに使えなくなった片腕の仇を取ろうとするかのように、左の一本目を振るった。
蛇の眼球がギョロギョロとせわしなく周囲を見回し、鼻水と唾液を撒き散らしながらの、雄叫び。
しかし四撃で片腕を吹っ飛ばした俺の火花が、バチバチと激しく瞬いて負けぬ咆哮を発した。
火花が大きくなるごとに、身体が内側から冷えていく。
外の炎と内側の冷気で白い呼気がほろほろと溢れて落ちる。
布を巻き付けた指先には最早感覚がないが、どうでもいい。
肺が凍りついて呼吸が出来なくなるまでに、コイツを倒さねば。
《神の風をまとう使鬼よ、飛び付き、喰らい、行く手を撹せ》
大蛇が左の腕で己の身を包みながら地面を転がり、ギリギリで回避する。
さっき日向子が巻き起こした風がほんのわずかだけ大蛇の動きを押し返し、動きが制限された苛立ちからか大蛇が泣き叫ぶ。
だが、神風さんの声は腹の奥に響くような蛇の泣き声の中でもハッキリと耳に届いた。
弓弦の引き絞られる音と、魔を祓う鳴弦。
同時にヒョウと風を切って飛んだ二本の矢が、転げ回る大蛇の顔面に突き刺さった。
こめかみに二本。
眼窩に、二本。
目玉には直撃しなかったが、あんなに転げ回っているのに的確に急所に当てるとは。
地面を足裏で擦りながら一歩後退した俺は、まだ熱を持っている脇差しを鞘に戻す。
「日向子、来い!」
「はいっ!」
刀を持ったままの手を、空いた手で包んで力を入れる。
それと同時に、背後で強く地面を踏みしめた音がした。
ドッ、と、遠慮なく日向子が俺の腕に着地して、体重をかける。
日向子の足にまとわれた風と、俺の火花が同調して強い熱風を巻き上げた。
肌が焼ける音がして、同時に胸の奥から肺までを凍らせる冷気に歯を食いしばる。
思い切り腕を上に振り抜けば、日向子が高く高く、跳んだ。
鉄板入りのブーツが腕に食い込む重圧と、彼女が巻き起こした突風が俺の炎を煽り、視界が真っ白な熱風に染まった。
風の帯が髪をめちゃくちゃにする隙間で、拳鍔を握りしめ蛇の頭よりも上まで跳んだ少女を角灯が照らす。
直後、堅いものが張り詰めた肉を打ち、皮膚がぶつかり合う生々しい音。
日向子は連続で、大蛇の眼窩に突き刺さった矢に向けて拳を叩き込んだ。
それを見て、振り抜いた腕に括り付けられていた刀を握りしめて、上段の構えのまま刀に炎を込める。
灯守の補助のない術式の連発。
肉体の内側から凍りつく痛みに目眩がしたが、顔面を殴打されて大蛇が揺らいだ隙は、逃せない。
「明神!」
キュンッ、と再び弓弦打の音が鼓膜を揺さぶる。
応えは返せなかった。
声を出そうとすると喉を焼く熱気と、肺を刺す冷気が混ざり合い、呼吸のたびに内側からズタズタに裂かれるような感覚が気管を突き刺す。
しかしその痛みも、顔面に叩き付けられる拳と、追撃で放たれる風の術式をまとった矢に、大蛇が地面についていた三本目の腕も上げて顔面を守ろうと仰け反ったのを見て、唾液とともに胃に落ちた。
この隙は、これだけ巨大な肉体にとっては、大きすぎる間だ。
「祓刀っ!!!!」
地面を強く踏みしめ、破裂音と明滅する炎を、刀で編み上げる。
大きく円を描いた切っ先から放たれた炎は、神風の風で噴き上げ巻き上げられて、大蛇の上半身を包み込むような巨大な刃となって冷えた空気を唸らせた。




