第四十四話 覚悟、前へ
この大蛇は巨体に加えて、異常な再生能力を有している。
今回みたいに傷口を焼いて再生を阻害するか、先程神風さんがしたように傷口に矢を打ち込むのが有効打になるだろう。
一本目は、節を感じさせないほどしなやかな、あるいは蛇のように関節のしなる腕。
骨がないせいで日向子の打撃の威力が低減されて、打撲程度でおさまってしまっているんだろう。
この大蛇の主な攻撃は、人間であれば両肩に近い位置から生えているこの一本目の腕のものだ。
二本目は巨体を支えるための強固な骨格を持ち、肩よりも少し下の部分から生えている。
この巨体を両手で支えているせいで、攻撃をしてくることは少ない──気がする。
一本目よりも骨がしっかりしていて、皮膚と似たような色の鱗で覆われているために防御力も高い。
恐らく、神風さんの矢なら弾かれてしまうだろうし、日向子の拳鍔では逆に手にダメージを受けそうだ。
最後の三本目は、まだわからない。
尾に添って地面を擦り上げながら移動で使われているように見える三本目は、腹部に近い。
もしあれが腹部を守る目的があるのなら、弱点は腹部だろう。
だが、それも確かかどうか。
ぎゅうと眉間に深いシワを刻みながら、刀を構える。
「明神、顔はどうだ」
「顔?」
「あの蛇は赤ん坊のような泣き声をしている。実際、頭部が胴体に比べて大きめだ」
きっと、頭を攻撃すれば後ろにひっくり返るなり倒れるなり、平衡感覚を損なうはずだ、と、神風さんは言う。
そうか、とそこでやっと、無意識にも頭部から目を逸らしていたことに気付く。
視界に入るのが両腕ばかりで、攻撃を仕掛けてくるのもまた両腕だから、そちらにばかり集中してしまっていた。
いや、それだけじゃない。
胴体を見ている時の方が、ジリジリと目が痛むのだ。
これがもし、先生の言った通りなら──真実を焼き出し、虚偽を暴く目というものの力なのだとしたら。
それならきっと、この大蛇の弱点があるのは、胴体の方だ。
「いえ、胴を狙います。腕を潰して……胴を斬る」
キッパリと言い返せば、神風さんが少し顎を引いて驚いたような表情を見せた。
いつもなら即座に飛んでくるはずの小言が、数秒だけ、地下室の喧騒に呑まれて消える。
なんでそんな顔をするんだ?
そう思って──すぐに分かった。
俺が神風さんに意見するなんて、初めてくらいじゃないだろうか。
神風さんは俺より「上」の人だから、それでいいと、思っていた、から。
「……わかった。私と日向子が顔面を狙ってひっくり返す。胴体を攻撃するのは、その後だ。あれに脳があるのなら、日向子の打撃も脳の方が効果があるだろう」
「頼みます」
「わ、わかりましたぁ!」
刀主のまとめ役。四家の頭脳。
いつもお小言が多くって、俺や和穗みたいなタイプはいっつも叱られてばかりだった。
でも、こうして戦場で背中を預けてみれば、わかる。
神風さんは一番若くして当主になったと聞いていたからそう言われているのかと思っていたけれど、より深く、繊細に俺達を見ていたんだ。
俺達が当主らしくなれるよう。
戦場で、生き残れるよう。
俺の切り払った傷がボコボコと再生を開始し、赤子の声が地下室をワンワンと反響する。
俺は脇差しも抜き放ち、両手に刀を握り込んだ。
ちゃんと意見すれば──子どものように拗ねたり駄々をこねたりするのではなく、ちゃんと言葉にすれば。
そうすれば、神風さんだけじゃなくて色々な人は聞いてくれる。
俺はもう子どもじゃない。
分かっていたはずなのに今更に思い知らされて、一本目の腕を振り回して泣きわめく大蛇の声がひどく耳障りに感じた。
俺は、応えなくては──
先生も、神風さんも、日向子も。
俺を認めてくれている。
俺に「前に進め」と示してくれている。
「明神流華炎術……っ!!!」
床を踏みしめ、火花を散らす。
火花は、まるで尾を振りまとわりつく子犬のように、切っ先の前でくるくる踊った。
しかしほんの少しの間の後に、喉笛に食らいつこうとバチリバチリと咆哮を上げる。
それはもう子犬とは呼べない、群れを守る獣のような音だった。




