第四十二話 信じる者、信じられるモノ
積み重なっている死体が揺らいで、ゴロリと山の上から一人、落ちてくる。
ごろりごろりと動かぬ人間の上を転がった肉体は、やがて俺の足元で止まって、何も映していない目で虚空を見ていた。
その目が、一瞬先生の目と重なって、吐き気がする。
死んで何も映さぬ、濁った目。
先生の真っ白な瞳とはまるで違うはず、なのに。
「普段僕たちが相手にしているのは夜住でしょ。でもここに落ちてくる人間の数は減るどころか、増えてるんだよね」
「それは……誰かが……?」
「そー。何かが故意に殺して、もしかしたら夜住にしてるのかもしれないね」
絶句して、神風さんが口元に手を当てる。
しかしその目は死体の幻影から外されることはなく、徐々に広くなっていくように感じる地下室の全てを見つめているようだった。
オロチに関わる死者と、先生は言っただろうか。
つまりここに居る死者たちは──オロチと関わった霧子さんが殺した可能性もあるって、ことなのか?
優しくて頼もしかった霧子さんの姿が、先生の語る霧子さんと重ならない。
先生は「自分に信用がなかった」と言っていたが、神風の封庫であの霧子さんを見ていなかったら、俺も先生の言葉を真っ直ぐに受け止められたかどうか。
最年長の刀主として俺達を見守ってくれていた霧子さんを、疑えた、だろうか。
「……ま、信じなくてもそこはしょうがないよ。いきなり言われてびっくりしてるだろうし」
「……え」
「もうちょっと行った所に神守の封庫があるから、そっちも見よっか。入るのは面倒だけど、君たちなら大丈夫だと思うよ」
「せ、んせい」
「……どっちを信じても、僕は君たちの意見を尊重するよ」
まるで心を読んだような先生の言葉に、俺は咄嗟に言葉が出てこなかった。
しくじった、と思っても、もう遅い。
違うんだと、貴方を疑ったわけじゃないと言いたくても、言葉が出てこなければ無意味だった。
せめて俺は、俺だけは、先生の言葉を即座に受け入れなければいけなかったのだ。
先生は、慰めて欲しいなんて決して思っていないだろう。
けれど、でも、霧子さんのことで衝撃を受けたのは間違いなく先生も同じだったはず。
先生は、斬られた当事者だ。
その事実を周囲に聞き入れてもらえなかった先生が、俺達にこの話をするのだって、相当の覚悟が必要だったはず。
なのに俺は、自分の衝撃を受け入れるのでいっぱいいっぱいだった。
「せんせ」
「ほら行くぞ若人~。武器は持ったか~?」
何かを確かめるように手を前に差し出して危なっかしく歩く先生に、慌てて駆け寄る。
何故武器を?
不思議に思いつつも太刀の柄に手をやった俺は、すぐに先生の言葉の意味を理解させられた。
何かを探るように動いていた先生の手が、透明な壁を撫でる。
水の表面を撫でるような、ほんのわずかばかりの波紋が周囲に広がる、幻想的な光景。
波紋はやがて鉄を浮かび上がらせ、水面は凍りついて真っ白な扉を出現させた。
途端に凍りつく空気を、先生の角灯が防いで止める。
幻影は、凍りついていた。
触れられもしないただの映像のようなもののはずなのに、幻影の死体たちは一瞬で凍りつき、肉の内側から白く染まっている。
俺たちがあぁならないのは、2人の灯守の角灯のおかげだろう。
死んだ人間の煤で維持される、火種。
人を殺しも生かしもするその灯りの力を、改めて見せつけられる。
「明神! 上だっ!」
「えっ」
呆然と幻影を見渡していた俺は、神風さんの声でハッと我に返った。
落ちてくる、真っ黒い何か。
氷結した風を巻き上げながら落下してくるその影を回避出来たのは、炎を灯された二本の矢がソイツを射抜いてくれたおかげだろう。
後方に跳びながら、転がって態勢を立て直す。
すぐに日向子が俺の隣に並んで、構えをとった。
眼の前に出現した、謎の巨体を見て、ハッと息を呑む。
日向子よりも、俺よりも、巨大な黒い影──人間の上半身に六本の腕を持つ蛇の夜住を、先生は真っ白な双眸で見据えていた。




