第四十話 裏切り、謎めき
「………………は?」
自分でも、思っていたよりも低い声が出た。
腹の底から、とにかく深く深く、息を吐き出すような声だった。
日向子が、神風さんの背後に隠れる。
神風さんも、パッと胸元まで両手を上げる。
「深神の裏切り……?」
「うん、そう。その時、直紹くんのお母さんが亡くなったんだよ」
「! あの時の話ですかっ」
「そうそう。あ、そこの扉重いから気を付けてね」
「あのあのあの! 今ここでする話なのでしょうかっ!」
もう何をどう聞けばいいのかわからなくなっていると、わぁっと日向子が泣きそうな顔で声をあげた。
確かに、そうだ。
よく見れば変な風に取っ手に手をかけたせいで爪が割れているし、ジワジワと血も出始めていた。
落ち着け。
取っ手を握ったまま数回深呼吸をして、グッと力を入れ直す。
落ち着け、落ち着け。
自分でも何度も何度も言い聞かせた言葉。
しかし、戦闘中とは違う単純な混乱は、いくら気持ちを落ち着けようとしても少しも落ち着いてはくれなかった。
ガコン、と音を立てて開く扉。
パラパラと埃を落としながら両開きに開いた扉は、そこそこの重みでもって俺の両腕に負荷を与える。
内側から漂ってくる墨と紙の匂い。
その匂いで不思議と心が落ち着いていくようで、俺は数回深呼吸をして、扉を完全に開け放った。
「いや落ち着けるかぁ……」
「あれ、まだ気にしてた?」
「最後までちゃんと聞きますからね……日向子、悪いけど中照らしてくれるか」
「は、はひ! 勿論です!!」
落ち着け、落ち着けと繰り返せば繰り返すだけ、頭の中で子どもの俺が地団駄を踏む。
先生を見つけた頃の俺が、地面をゴロゴロ転がっているような感覚だった。
聞きたいことがありすぎるが、この扉の先も気になる。
神風さんも浮かない顔をしているし、早く安全な場所で先生を問い詰めなければいけない。
ここで先生が神風さんにも秘密にしていたものを語ったということは、物凄く大きな意味があるかもしれないからだ。
「階段になってますけど、かなり急です~。足元、気を付けて下さいっ」
「高さも結構あるな」
「先生、大丈夫ですか」
「大丈夫大丈夫」
日向子の腰までの高さほどの戸を開ききれば、その先は日向子が言う通り急な階段になっていた。
日向子が下まで降りきると、段上の方までは角灯の光も届かないくらいに高さがある。
これは危険だと先生を見上げると、先生はぽーんと地面を蹴ってふわりと地下に着地した。
その後も、まるで弾力のある場所を跳ぶようにぽんぽんと床を踏んで跳んでいる所を見ると、この地下室の天井は高いようだ。
目が見えなくても、術力があればあぁいうことが出来るんだなと、俺は少しばかりホッとした。
さっきまでフラフラと自分の足で歩いていたから、あんな風に跳んでいる方が安心出来る。
先生の無事を確認してから、俺は神風さんに手を貸しながら階段を降りた。
弓を日向子に預け、急な階段を恐る恐るに降りる。
最後の数段は、揃って軽く跳んで降りた。
と、俺と神風さんが床に降り立った時、勝手に戸が閉まっていく音がした。
何らかの術力を帯びているのだろう。
神風の封庫を思い出しながら、日向子と先生が角灯の火種を強く燃やすのを見守る。
「ここならいいかな。あのね、3人とも」
僕はね、深神は最初から信用してないんだよ。
表に居た時よりも静かに吐き出された先生の言葉に、ゴクリと息を飲む。
ようやく閉じた扉。
俺が2人立てるくらいの高さの地下。
そこに降り立ってやっと、先生はそう言った。
「元々八岐之大蛇は、神守、神風、深神の三家が過去に封印したものでね。20年くらい前かな。またアイツが顔を出し始めた時、もう一度その三家の刀主で戦うことになったんだ」
「そ、それが……直紹様のお母様……」
「そうだよ。僕と、直紹のお母さんと、まだ刀主になる前の霧子」
「霧子……さん……?」
「でもね。もう少しで倒せるかもって時に、霧子が僕と真江を斬ったんだ。僕たちは、逃げるしか出来なかった」
母様。
神風さんの呟きは、小さな子供のソレのようだった。




