第三十九話 真実、一歩
「ソウちゃんの目はね、結構珍しくてさ。僕も初めて会ったときびっくりしたっていうか、君の目だからあのとき僕を見付けられたんだろうねぇ」
「俺、だから?」
「そう。あの時ちょーどオロチに負けた時でさぁ、しかも灯守もナシだったから放置されてたら僕が煤になってたかもしれない」
煤になっていたかもしれない、ということは……それは、夜住になっていたかもしれない、ということだろうか。
ゾッとして、あのとき親の注意も無視して外に出た自分を、初めて褒めてやりたくなった。
10年前のことだ。もうそんなに覚えちゃいない。
でも、あの日は、あの朝は──何故か家の中に居るのにモヤモヤしてしまって、そわそわして、母親が止めるのにも構わずに外に飛び出したんだ。
寒い雨の日。
今までは、自分でも「なんであんな早朝に外に出ていたんだろう」なんて思っていた、けれど。
けれどそれは、もしかしたら、俺の番を見つけるために飛び出していたのかもしれない、なんて。
冷や汗に背中を冷やされながら、思ってしまう。
「あの、帳さん」
「はい、直紹くんっ」
「今の……オロチと戦って負けた後という話、私、大まかにしか聞いていなかったのですが……煤になりそうだったというのは初耳ですよ」
「あ、うん。言ってないからねー」
挙手しながらの神風さんの言葉にもヘラヘラと笑いながら、先生は倉の中をズンズン進んでいく。
見えない目で進んで大丈夫か、と慌てて後を追うが、頭の中は未だに混乱状態だ。
神風さんは完全に「呆れた」という顔をしている。
それには同感だけれど、先生がヘラヘラしている時は何かを隠している時だってことを、俺は知ってる。
正直、神風さんが先に先生の過去を聞いていたというのにはモヤッとする所は、ある。
あるけど、そこをツッコんだら多分先生はこの先何も言ってくれなさそうで、言えない。
はぁ、と溜め息を吐けば、日向子と拍子が重なって白い息がふたつ、倉の中に浮かんだ。
「帳さん、そろそろもう」
「あぁうん、わかってるよ。大丈夫、ちゃんと話すよ」
スタスタと先に行く先生が、不意に立ち止まって足先で床を探り始めた。
見えないせいで先に行けないのかと思ったが、違う。
足元にある何かを探っている、そんな仕草だ。
俺は先生に近付いて、すぐ隣で床を見た。
「ソウちゃん。床にね、わかりにくいけど取っ手があるはずなんだ」
「取っ手ですね」
「うん。その先が神守の封庫。多分みんなが知りたいことを全部話せると思うよ」
「先生がオロチに負けた理由とかですか?」
「あはは」
先生に言われて、俺はすぐに床にしゃがみ込んで取っ手を探した。
日向子も急いでやってきて、角灯で照らしながら一緒に床を見てくれる。
神風さんも膝を折ろうとしたが、それは俺と日向子が同時に止めた。
なんとなく、本当になんとなく、神風さんには膝を折って欲しくないからだ。
神風さんはちょっとムッとした顔をしていたけれど、彼と帳先生には似合わないから。
いや、日向子ならいいというわけでもないのだが。
「僕がオロチに負けた理由なんか、簡単だよー」
「正直、先生が負ける相手居たんだ、って感じですよ俺は」
「わ、わかります。わたしもです」
「ありがとね、日向子ちゃん」
先生は、強い。
目が見えないなんて、未だに思えないくらいだ。
目が見えない状態で俺とハルと和穗を同時に相手して、同時にコテンパンにしていただなんて。
己の未熟さを恥じるよりも先に、そんな先生すら倒せなかった八岐之大蛇という存在に恐怖心すら抱いてしまう。
そんな奴を、倒せるのだろうか?
ようやく見つけた取っ手に手をかけながら、グッと唇を噛み締める。
「負けたのはね、簡単だよ。深神家に裏切られたからっ」
バキ、と、爪が割れる音がして指先に血が散った。




