第三十五話 廃墟の煤、残酷な闇
──俺は、あなたを助けられますか。
その問いに、帳先生は答えてはくれなかった。
いつもの仮面みたいな笑顔を浮かべて、軽く口を開いてからまた閉じて。
そうして「早く帰ろ」とだけ、言った。
明神に戻っても用意するのは新しい防寒具と、先生に持っていけと言われた懐紙と飲み水くらいのもの。
先生は腰に下げた革鞄に簡単な食べ物をぎゅうぎゅうに押し込んで角灯の火種を新しくしていたが、それだけ。
他に何かを用意する前に神風さんと日向子が車で到着して、俺たちはそのままその車に乗って神守の領域に向かった。
刀主様に挨拶をする時間も、先生と2人きりで話す時間もない。
先生は助手席に座っているから、こちらからは横顔を伺うことしか出来なかった。
先生は、何か隠している。
いや、隠しているというよりも、俺に言わないんだ。
俺がまだ、先生の中で子どもだからなのか。
それとも何か理由があるのかは、わからない。
だが、先生に「宗一郎には言わない」と判断させたことが、悔しかった。
しかし、そんな悔いも、苛立ちも、悔しさも。
車を降りた瞬間から考えている余裕もなくなった。
「炎舞!!」
強く足を踏み込み、巻き起こった風に火花をまとわせる。
広範囲に放った炎の柱は、意志を持っているかのように踊りながら、夜住を食らった。
回転しながら移動する炎は、夜住を捩じ切りながら進み、消えていく。
巻き込まれて煤を残し散っていく夜住はみな小型で、ただの黒いモヤでしかない者もあれば人の形をした者も居る。
神守の屋敷跡。
入口の石の鳥居は崩れ、外門は焼け落ちて屋敷の原型も残っていないそこ。
大きな屋敷があったのだろうという痕跡はただ何も無い空間が広がっているから、というだけのそこには、とんでもない数の夜住が集まっていた。
到着したのは昼過ぎ。
車の中で軽く食事もしたから、あと数時間で夜になるだろうが、まだ空には太陽が残っている時間帯。
だというのに、この夜住の数はなんだ。
先生の祝詞の乗った刀を振るえばあっさりと死んでいくくらいの強さだが、それにしても数が多い。
それに、数が多いだけに厄介なものも混じっていて、外套の下の身体はすでに冷や汗が滲んでいた。
「日向子、あまり先行しすぎるなよっ」
「はいっ!」
両手に拳鍔を握り込んだ日向子は、一番先頭で夜住を殴り飛ばしている。
彼女の持つ武器を見た時に俺と帳先生は目を丸くしてしまったが、腰を落として黙々と夜住を殴っている姿は、意外と様になっていた。
だが、彼女はこのメンバーの中で一番小さく、華奢なのだ。
武器は意外なものだったが、だからといって前に出しすぎるのも危ない。
何より、俺より前に出てアレに遭遇されても、困る。
「くっ!」
脇から飛び込んできた夜住の一撃を、左手の脇差しで受け止める。
甲高い金属がぶつかり合う音と鉄臭さ。
即座に逆手に持ち替えた太刀を横薙ぎ一閃、夜住を腹から掻っ捌く。
左手には、ビリビリとした痺れが少しだけ、残った。
武器を持つ夜住、なんて。
今まで遭遇したことがない。
腹を断ち切れる程度には柔らかいが、しかし武器を持っているというのが不気味で、嫌な心地だ。
太刀をくるっと順手に持ち替える隙を潰すように、足を強く地面に叩き付けて火花を散らす。
パチパチと音をたてて周囲に散った火花は、俺を攻撃しようとした小型の夜住を照らして、穴をあけた。
そのまま、太刀で叩き切る。
ひとつひとつの動作を甘くすると、それだけで食われてしまいそうなほどの量だ。
しかし流石に、察する。
この武器を持つ夜住を、先生は俺たちに見せたかったのじゃないかと。
武器持つ夜住は──元は神守の刀持ちなのだ、と。




