第三十一話 師の隠し事、弟子の確信
ふぅ、とため息をひとつつくと、昼間だというのに呼気は白く染まって消えていった。
寒い。
さっきまで身体を動かしてポカポカしていたのに、今ではもう汗がひいて寒かった。
ただ廊下を歩いているだけなのに、だ。
日向子を先頭にして、神風さんと帳先生の居る部屋に向かっている。
それだけの距離の間に、汗が冷えて身体が震えた。
ハルも同じだったのか、てのひらを合わせて擦ると、ふぅ、と吐息をかける。
神風家の屋敷の廊下は、何か術式でも込めてあるのか明神の屋敷の廊下よりもあたたかい。
術式が得意な家系なだけあるな、と思うが、流石に外が近い廊下の寒さまではどうにもならないようだ。
つまりは、それだけ帝都の気温が下がってきている、ということでもある。
このままじゃあ、あたたかい季節になっても長袖と羽織が必要になるのではと思うと、憂鬱だ。
そうなれば、敵は夜住どころじゃない。
太陽が落ちた瞬間から人々は寒さという敵と戦い、そして勝てずに死んでいくかもしれないのだ。
俺たちが戦っていても、寒さの根源を叩かなければそれは変わらない。
グッと拳を握り込むと、やはりじわりと痛かった。
「こちらです」
先を進んでいた日向子が、治療室よりも手前の部屋で立ち止まった。
治療室は神風家の中でも一番奥にある部屋で、応急処置部屋は一番外側にある。
俺たちはてっきり、和穗もまだ奥の治療室に居るものだとばかり思っていたのでつい、顔を見合わせた。
しかしジッと見ていると、日向子に案内された部屋に強い結界が張られているのに気が付く。
帳先生が作る結界に似てる。
それに気付くと、俺は躊躇なく戸に手をかけた。
「やっほー、ソウちゃん、ハルくん。朝から元気だね~」
「先生、神風さん。休んでなくていいんですか」
「大丈夫だよ。御神苗はまだぐっすり眠っているけれどね」
「……そうですか」
ハルが、安堵にほっと息を吐く。
神風さんが言うには、和穗はこの部屋のひとつ奥に移されたらしい。
廊下に面していない、静かな部屋だ。
そこでまだ眠っているということは、和穗も体力回復中なのだろう。
あの子は、怪我をするとよく眠る。
そんな和穗を見て「動物と同じだよ」とハルがよく笑っていたものだった。
しかし俺は、先生が話しかけてきた時にわずかに、何か小さな違和感を覚えた。
モヤッとするだけの、何とも言い難い違和感。
俺は、思わず周囲を見回してから、先生を見た。
先生はこっちを見ているけれど、視線は不自然に、合わない。
「3人に話しとかなきゃいけないことがあるから、聞いてもらおうと思ってさー」
「和穗はいいんですか」
「いいんだよ。ハルくんはこのあと少し神風屋敷を守ってて欲しいし、日向子ちゃんとソウちゃんには僕たちと一緒に行って欲しい所があるんだ」
先生は、質の良い座布団に座りながらも足をダラッとのばして座っていた。
俺たちも座布団を頂いて正座をしたが、それを見ても足を正そうとしない。
珍しいな。
俺とハルは、また顔を見合わせてしまった。
先生は確かに少し奔放なところはあるけれど、基本的な礼儀はしっかりした人だ。
やはり、身体が疲れているんだろうか。
俺は戦闘時にしか術式を使わないからわからないが、治癒や結界の術式というものはかなり消耗すると聞く。
先生と神風さんは昨夜からずっと和穗についていたから、疲労が蓄積していっているのかもしれない。
先生は、そもそも俺やハルたちと一緒に警邏にも出ていたんだ。
疲れていても、無理はない、けど……
「行くって、これからすぐにですか?」
「そうだけど」
「……先生、疲れているんじゃないですか」
「はは、みんなそれ言う~」
ケラケラと笑っている先生は、一見すれば少しも疲れていなさそうにも見える。
でも、顔色がいつもよりさらに、少しだけ、白い気がする。
視線は時折うろついて俺を見ることがないし、口元に残っているのはあんこだろうか。
ひやりと、背筋に冷たいものが走る。
普段の先生なら、疲れていても足を正す。
口元に汚れなんか残さないし──俺が近くに居たら、必ず俺を見て、俺に触れようとするはずだ。
何かあった。
まだ、俺には言いにくい何かが。
思わず顔をしかめると、神風さんが小さくひとつ、ため息を吐いた。




