第二十八話 赤い怒り、白銀の死神
「ほい、集中してない」
「ぐっ!」
ガァンッ
木刀がぶつかり合っただけなのに、鉛のように重いものが落ちてきたように錯覚する一撃。
ほんの一瞬意識をそらした瞬間に打ち込まれたソレを、真正面から受けてしまった。
両手で持っていた木刀は半ばから折れ、ビリビリとした痺れに残った半分も取り落としてしまう。
俺が和穗を傷つけた夜から、丸一日が経過した。
あの後俺は何も言うことが出来なくなってしまって、和穗の消耗も考えて場がお開きになったのだ。
本当は色々と話すべきだったし、話を聞くべきだったというのはわかっている。
わかっているけれど、あの時の衝撃はどうしたって言葉に出来なかったし、それは日向子も同じだった。
「考え事か? 余裕だな」
「……すまん、ハル」
神風さんはその日、屋敷に集まっていた刀主と灯守のために客間を空けてくれた。
きっと、俺と日向子に何かあったのを察したんだろう。
帳先生も俺たちに何か追求をしてくるでもなく、俺と日向子は混乱の中言葉を飲み込んでしまった。
何を話すべきか、どこから話すべきか。
それがあの時の俺たちには、判断できなかった。
たっぷりと寝て、休みなさい。
一番疲れているのは先生と神風さんだろうに、2人はそう言って年下たちを寝かせた。
帳先生と神風さんはそのまま治療室に待機して、日向子は自分の部屋に。
同じ部屋で寝たのは、俺とハルだった。
「なぁ、昨日なにがあった?」
「…………」
まんじりともせずに中々眠れずにいた俺は、結局行火の入ったあたたかい布団に負けて眠りに落ちた。
図太いな、と自分でも思ったが、目覚めてみればハルが術式で眠らせてくれたのだと知って、またなんとも言えない気持ちになる。
目覚めた時の罪悪感なのだか怒りなのだか分からないモヤモヤは、やはり言葉に出来なかった。
ハルは、俺を殴ってもいいはずだ。
大事な番である和穗を斬り、何の罰も受けずにこうしてハルと共に稽古場を借りている俺を。
今ここで、殴って、暴言を吐いたって許される立場であるはず。
なのにハルは、自分から俺を稽古場に誘ったというのに、貰ってきた木刀で打ち合うばかりで罵倒なんかしてこない。
打ち込まれている俺が逆に戸惑ってしまうほどに普通で、いつも通りの稽古風景だ。
痺れた手をぎゅっと握って黙り込む俺を、ハルは不思議そうに見ている。
ハルに折られた木刀は、すでに5本。
集中出来ていない証拠だ。
いくら膂力に差があっても、俺とハルの打ち合いでこんなに木刀が折れることはほとんどない。
ひやりと床下から上がってくるような冷気は、木刀を拾うために屈むと指先から冷えを呼び起こす。
火鉢も暖炉もない稽古場は寒くって、熱といえば互いの体温と、場を照らす灯守の角灯のものだけ。
それでも、慣れたもののはずだ。
明神家でなく神風家の稽古場というのはあっても、作りにそう違いはない。
寒さも、床の材質も──稽古相手も、いつもの、変わらないもの、で。
なのに、俺の心の中だけがいつもと違う。
「……怒ってないのか」
「なにを?」
「俺は……和穗を斬った」
「……あ? もしかして、それを気にして散漫になってたのか?」
そりゃ、そうだろう。
意外だ、と言いたげな表情をするハルに、俺は声を絞り出しつつ頷いた。
刀主と灯守は、番という契約で繋がる存在だ。
伴侶ではないけれど、それ以上に強い力で結ばれた相手。
そんな相手を斬られて──俺なら、普通ではいられないだろう。
先生が傷つけられたなら、例え相手が同じ刀主だったとしても刀を抜くだろうし、逃げられたなら地の果てまでも追いかける。
もしも先生が死にでもしたなら、相手には死よりも辛い苦痛を与えてやるだろう。
俺とハルの立場が逆だったとしたら、一発は殴って、ふざけるなと怒鳴っていたはずだ。
ならばきっと、ハルだって……
「アレはしょうがないだろ。先に斬り掛かったのは和穗だし、操られたなら和穗が迂闊だったんだ」
「……は?」
「まー確かに最初はちょっとピキッたけどさ、実際そうだろ。お前は斬りかかられた方で、お前が反撃しなかったらお前が死んでたかもしれない」
「それは……そうだけど」
「そうなった場合、俺も和穗も死んでたよ」
喉に手を当てて軽く切り落とすような動作をするハルに、俺は黙り込んだ。
俺が死んだ時、和穗とハルを殺す人間。
それは、あの場においてはただ一人──先生しか居ない。
もしかしてあの紫のモヤの向こうでは、別の意味での命のやり取りでもあったんだろうか?
ちょっとだけ、背筋に冷たいものが走った。




