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祓火の番 ―火種は怪異の死骸、灯火は己の命。常冬の帝都に沈む謎を、ハズレ者が焼き尽くす―  作者: ミスミシン
第二章 崩れる平穏、血を流す火

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第二十話 赤いしぶき、黒い絶望

 手遅れになれば、彼女もあんなふうに──夜住(よすみ)になってしまうというのか?

 何故和穗がこんな風になったのかもわかっていないのに、突然突きつけられる現実に困惑する。

 少なくとも和穗は今まだ、夜住じゃない。

 煤は出ていないし、目は刀主の赤のまま。

 寒さで身が白くなっている様子もないし、夜住になっているなんて到底思えない。


 しかし彼女は今、俺に攻撃を仕掛けてきている。

 それも、灯守(とうもり)の灯火を遠ざけた上で、俺だけを。


「あああああぁぁっ!!」


 和穗が吠え、横薙ぎに大太刀を振るう。

 両手とはいえ、凄まじい膂力だ。

 彼女の身長程もある大太刀を横に振るわれれば、一歩の後退では逃れきることは出来ない。

 俺は思考を殺し、散った火花を燃やす。

 待ってましたとばかりに火力を強め周囲に舞う火花は、和穗の一閃を回避するために彼女の切っ先に食らいついた。


 視界と刀を焼かれ、和穗が目を閉じて痛みに呻く。

 しかし和穗は刀主だ。

 灯守の角灯で灯火には慣れているし、俺の火花だってよく知っている。

 それがまさか、こんな所で悪く働くなんて、思わなかった。


 ひとつ、呼吸をする。

 火花がバチバチと橙から白へと色を変えながら散って、肺の奥が焼けるような熱がこぼれ落ちた。

 周囲の炎をすべて喰らい、俺の刀が白銀に輝く。

 体温が下がっていき、両手に持った刀の柄に皮膚が張り付くのがわかる。

 

 嫌だ。

 和穗を狙うことに、彼女を斬ることに、心の奥の子どもが泣き叫ぶ。

 けれど、やらなければいけないと、その子どもを大人の俺が叩き潰した。


 夜住になる前に。

 全ては、それだけだ。

 彼女が夜住になって死ぬなんて、俺には耐えられない。

 今彼女を斬ることよりも、夜住になってしまうことの方がずっと、ずっと──

 

 俺は、歯軋りをしながら太刀を握った。

 身体が冷えて歯の根がガチガチと音をたてて、歯を食いしばるのも痛かった。

 脇差しは投げ捨てて、防御は捨てる。

 和穗の力の前では、脇差しで防御した所で叩き折られてしまうだけだろう。

 だから……攻撃を受ける前に、和穗を倒す。

 

 狙うは、首だ。

 一撃で、苦しませずに。

 横薙ぎに大太刀を振るったせいで和穗の切っ先が僅かに泳いでいる隙に。

 彼女から沸き立つ紫色のモヤのようなものが、まだ煤ではないうちに。 


 横一閃。

 防御をしようとした和穗が大太刀を持ち上げる前に、強く一歩を踏み込んで刀を振るった。

 俺の刀が和穗の防御を突き破り、その肉に迫る。

 火花が散り、発火し、灯守の灯火を受けずとも一瞬だけ切っ先が赤みを帯びる。

 

 だが──断ち切る直前、彼女と目が合った。

 紫の霧の奥で、和穗の赤い目が微かに、寂しそうに微笑んだ気がしたのだ。

 いつもの、和穗の笑顔。

 元気いっぱいに振る舞っている彼女が、時折見せる憂いの表情。

 俺の剣筋が、わずかに震えた。


 ドッ

 

 生々しく鈍い、嫌な音が響く。

 首を捉えるはずだった刃は、その少し下──彼女の右肩の付け根を、深く、深く、抉り取った。

 刀が骨を断つ、よく知った感触。

 そのまま鉄の重みで切っ先は和穗の肩に食い込み、勢いをそのままに切断した。


 ぐじゅ、と、何度も聞いた肉を断つ音が、耳に入り込んでくる。

 夜住になる直前の人間のから聞こえる、生々しい肉の破裂音。

 しかし、そこから吹き出したのは真っ黒い煤でも汚泥でもなく──真っ赤な、ぬるい血液だった。

 俺の顔面に、熱い飛沫が降り注ぐ。

 鉄の匂い。和穗の、匂い。


「…………ぁ」


 和穗の肉体が、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。

 流れ出した血液が湯気をたてているのが、状況にまるで見合わないように感じる。

 彼女の腕は伏した肉体のすぐ脇に落ちていて、そこからも血液が溢れ出して地面を染めていた。

 震える手で、自分の顔を拭う。煤じゃない。

 成りかけだって、人に化けたさっきみたいな夜住からだって出てきた煤が、和穗からは一欠片も、出ていない。

 ただ、赤く、熱い。和穗の命そのものが、俺の手の平で冷えていく。


「煤が……出ない……?」


 夜住ではない。

 擬態でも、ない。

 俺は、本物の和穗を、斬った。


 喉の奥から、自分のものとも思えない呻きが溢れて、けれど叫びにもならずにその場に蹲った。

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