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祓火の番 ―火種は怪異の死骸、灯火は己の命。常冬の帝都に沈む謎を、ハズレ者が焼き尽くす―  作者: ミスミシン
第一章 常冬の帝都と、焼き払う灯火

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第二話 白い片割れ、火種の子犬

 俺が刀にまとわりついた煤を振り払うと、地面に僅かに黒い墨が散って、残った。

 身体や着物には残らないのに刀にだけ残る煤は、まるで夜住(よすみ)どもの血液のようで不愉快だ。

 しかし、地面に煤が落ちればそれも火種が食って取り込んでくれる。

 俺は火種をそっと撫でて、ほんのりと熱を持っている不可思議な存在で指先をあたためた。

 今はもう、コイツを可愛いとは思わない。

 だが時折意思があるように見えるのが、厄介だとは、思う。

 

 ふぅ、と身体の中にくすぶっていた熱を吐き出すように息を落とすと、白い装束の人間がそろそろと近付いて来て、同じように真っ白な袋を先生に差し出した。

 真っ白な面隠しに、真っ白な手袋。

 肌が出ている部分は目元しかないのに、彼らは震えながら袋を持ち、頭を下げている。

 怯えているようにも見えるその姿は、無防備に火種と遊んでいる先生とは恐ろしいくらいに対照的だ。


「先生、煤を」

「はいはーい。今日はソウくんまだ働く気?」

「動けるうちは、動きます」

「そのうち凍って折れちゃうよぉ」

「その程度であれば、先生や神風(かみて)さんならくっつけるでしょ」

「もー、可愛くない! なんでこんな可愛げのない大男になっちゃったんだろ!」

「アンタに育てられたからですよ」


 先生と同じような真っ白い装束の者たちは、火種が回収した煤を持ち帰るだけの役目の者だ。

 俺と同じように刀を持って夜住と戦うわけではなく、煤以外で装束が汚れることもない。

 彼らの装束が白いのは、煤が身体に付着して夜住に取り憑かれるのを防ぐためだ。

 俺たちや先生のような火種に近い者は煤に憑かれることはないが、普通の人間は煤が憑きすぎれば心臓が凍って夜住になってしまう。

 彼らの役目もまた、命がけのものだと言ってもいい。

 だからって先生にまで怯えるな。

 こっちは守ってる側なのに、腹が立つ。


 こうして集められた煤は、帝都の四箇所に設置された火種の燃料になり、帝都の気温を一定以下にはならないように保ってくれる。

 日本から熱が奪われてから、もう何代も続いてきた戦い。

 帝都が帝都と呼ばれるようになる前から、当主を筆頭とした刀持ちたちが背負い続けてきた呪いだ。

 それを──じきに俺が引き継ぐ。


 明神家の人間でもない俺が、ただ火種と帳先生に気に入られたという、ただそれだけの理由で。


 ふぅ、とため息を吐いて現場に背を向ければ、また音もたてずに先生が飛んだ。

 ぽぉんと空気を踏みつけるようにして空に浮いた先生は、角灯(ランタン)を前に差し出して俺の行く道を照らした。

 彼の角灯の先には、いつだって夜住がいた。

 俺は、先に体を動かす。悩むのは、その後。

 戦場では、先生が示すままに、夜住を退治していく方が楽だ。

 けれどきっと、明神家の当主になればそれだけではいられなくなるのだろう。


 それが少しばかり憂鬱で──少しだけ、怖い。

 先生との関係性が、俺の地位の変化で何か変わってしまうのじゃないかと、不安になる。


「ソウくん、向こうに大型のがいるよ」

「刀持ちたちは?」

「気付いてない。なんだろ……見える?」

「どっちですか」

「あっち。廃墟の方」


 わかりました。

 それだけ言って地面を蹴れば、地面が少しだけへこんで霜と泥の混じった土が舞った。

 密集した家々の隙間を縫って、泥が着物の裾を汚すのも気にせずに、走る。

 煤は俺の着物を汚さないが、溶けかけた霜がゆるくした泥は容赦なく身体を汚していく。

 だが、そんなものは無視だ。

 泥で死にはしない。


 だが俺は──先生が居なければ、彼の熱がなければ、死ぬ。

 

 どれだけ早く走っても、視界の先には先生の角灯の灯りがあるのが、頼もしい。

 口では強そうなことを言っても、胸中に沸き起こるのは不安ばかりだ。

 今日みたいに寒い日は、余計に悪い考えばかりが浮かんでは消えていく。

 それでも帳先生の声のひとつで、言葉の一文字で、精神が落ち着いて地面を駆ける力が湧く。

 この人だけはどんな状態の俺も見捨てることはないと、わかっているからだろうか。

 あまりにも単純な己の脳に呆れてしまうが、今の俺は先生に褒めて欲しくて尾を振る犬のようなものだ。

 さっきの火種を、笑うことなんかはできない。


「ソウくんっ」

「はい」

 

 ほんの数秒先で、煤が雪煙のように舞い上がっているのが見えた。

 その奥には、壁みたいな、デコボコとした表面の巨大な夜住。

 俺がその存在を視認したのとほぼ同時に、刀持ちたちの悲鳴があちこちから聞こえ始めた。

 霜をはらんだ煤が吹き上がるたびに、悲鳴と共に赤い血飛沫が舞う。

 まだ距離があるというのにはっきりと見えるその光景に、俺は眉間に深いシワを刻んだ。

 ズン、と足元が揺れて、壁にしか見えないアイツも動くのだと、わかった。

 

 先生が言った通りの大きさなのに、近付かなければ視認できなかったことに少しだけ、驚く。

 まだ距離があるのに、こんなにも大きい。

 なのに、先生すら見抜けず、刀持ちたちに何もできずに殺されている。

 速度を緩めずに睨みつければ、雪の降りそうなくもり空に滲むように巨大な壁があるというのに。


「先生、壁だ。眼の前にいるから、逆にわからなくなってる」

「壁?」

「そのまま照らしてて」

 

 こんな大きなものと見落とすなんてことは、普通では有りえない。

 夜闇に紛れていたのか、そう見えるように人間の認識を阻害していたか、だ。

 真っ先に犠牲になったのは、この壁の近くに待機していた刀持ちたちだろう。

 突如出現したように思えるアイツは、実際には最初からそこにいて、誰かが〝認識した〟途端に化けの皮が剥がれたのだ。

 逆に言えば、出落ちの隠密術。

 認識してしまえば、そう難しい相手ではないはず。


「俺が、斬ります」

 

 ──そういう、壁だ。

 怪異にありがちな、己を隠すことに特化した面倒なタイプ。

 だが俺は、そういう手品には慣れている。

 

 しかし、壁の周囲に他の夜住の気配があるのが厄介だ。

 寒さに強い俺にはわからなかったが、どうやら今夜は、いつもよりも冷え込みが強かったらしい。

 そのせいであちこちで、新しい死体が夜住に変質しているのだ。

 刀持ちたちの驚愕の声が徐々に悲鳴になり、濁った断末魔が上がる。

 真っ黒い壁の根本に赤い飛沫が滲むのを見て、俺は思考を切り捨てて走り出した。

 この惨状を、一秒でも早く止めなければ。


 見上げれば、先生はまだ角灯を差し出して真っ直ぐ前を見ている。

 赤い光に支えられるように宙に立つ先生は、夜闇の中では文字通り浮いて見えた。

 時折揺れる角灯の灯りは、「冷静であれ」と言っているようで、心が落ち着く。

 冷え切った夜の空気に奪われた体温が戻ってきたような心地さえ、あった。

 これなら迷わずに、真っ直ぐ進める。

 こんな状況でも、自分がやるべきことを間違えるなんてことは、しない。


「お兄ちゃんっ! やっと来たっ」

和穗(かずほ)……またウチの部隊に紛れてたのか」

「最近また基音が下がってるもん。そりゃ出てくるって」


 先生の白い影を追いながら駆けていると、横道から俺よりも頭一つは小さい少女が合流してきた。

 御神苗和穗(おみなえ かずほ)

 俺と同じ、じきに正式に刀を継ぐ御神苗家の次期当主だ。

 だが彼女はまだ17に達したばかりの子供。

 女学校にも通わず、俺たちと共に刀ばかり振って、すっかり行き遅れ気味だというのに。

 そんなことも気にせずに、彼女は己の身の丈ほどの刀を器用に抜き払ってみせた。


 自分よりも5つばかり年下の少女。

 しかし彼女の刀が灯りを灯し始めているのを見て、俺は頼もしさに僅かに口角を上げた。

 和穗の言う通り、最近とみに帝都の気温が下がってきている。

 特に、夜に。

 

 平均気温の低下と、それによる夜住の活発化──及び、多発。

 いざ目の前で人が死に、その始末をした後だと、その実感に頬の冷たさがチリリと痛みに変わった気がした。

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