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祓火の番 ―火種は怪異の死骸、灯火は己の命。常冬の帝都に沈む謎を、ハズレ者が焼き尽くす―  作者: ミスミシン
第二章 崩れる平穏、血を流す火

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第十九話 紫の煽動、肉の残響

 ザクザクと霜を蹴る音を立てて走れば、爆炎の喧騒は徐々に遠ざかっていった。

 炎がチラつく範囲では霜も溶けてしまって、足元がぬかるんでひどく、冷える。

 霜がある範囲のほうが足元が汚れも冷えもしないのが、なんだか皮肉に感じた。

 

 全員の足元がぐちゃぐちゃになった頃に、ようやっと整備された地面に戻って走るのが楽になる。

 ハルの案内で辿り着いたのは、明神の領域から少し外れた、古い社のある行き止まりの路地だ。

 そこだけが、爆発が起きたことなど別の世界のことのように、不気味なほどに静まり返っている。

 雪の上に落ちた火の粉が、ジュウ、と音を立てて消えるのが聞こえるほどの、静寂。


「……和穗!」


 俺の声が、闇を震わせる。

 路地の奥、社の影に、彼女はいた。

 いつもは括っている長い髪が背中に流され、その表情も、怪我の有無も見えない。

 膝をつき、俯いたまま動かない和穗に駆け寄ろうとした俺の足が、不自然な空気の重さに止まった。


 俺に気付いたのか、ゆっくりと、和穗が顔を上げる。

 その瞳に、いつもの快活な光はない。

 濁った赤色の輝き──それは、あの老婆を斬った時よりも、ずっと濃く、おぞましいものだった。


「……あ」


 和穗の唇が、何かを言おうとしたのかかすかに動く。

 けれど、次の瞬間、彼女は大太刀を、流れるような動作で引き抜いた。

 半身を引いて、勢いよく抜き放たれる大太刀。

 毎度器用だなと思う動作で鞘から放たれた刀身が、今日は俺の喉元に、紫色の不気味な炎を纏って突きつけられる。


「下がって、ソウくん!」


 先生の声と同時に、凄まじい衝撃。

 和穗の一撃が、俺の脇差しの鞘を叩き切る。

 一撃を受けきれたのは、奇跡のようなものだ。身体がただ、向けられた殺意に反応しただけの、反射。

 真っ二つに折られた鞘にゾッとしながら、俺は一歩、二歩と後退り、叫んだ。


「和穗! 何をしてるんだ!」


 返事はない。

 和穗は俺だけに狙いを定めて、無言で刀の切っ先を天に向ける。

 ギラリと月の光と遠くの爆炎の色を弾く切っ先は、不気味なほどに神々しい。


 和穗は本気だ。

 本気で、俺を殺そうとしている。

 俺はぎこちなく刀を構えながら、後方のハルと先生をチラリと見た。

 呆然としていた2人が己の刀を抜いて、俺に近付こうとしてピタリと足を止める。

 紫色の薄い膜のような、モヤ。

 それが、まるで結界のように俺と和穗だけの空間を、残酷に切り取っていた。


「なんだこれ……! 宗一郎、和穗!」


 モヤを拳で叩きながら、ハルが悲痛な声で叫ぶ。

 先生も、銀色の刀を手にしながら、苦々しく眉を寄せていた。

 結界が、拒絶している?

 俺は、モヤの向こうで叫ぶ2人の灯守から視線を外して、和穗を真正面から、見た。

 彼女は上段で大太刀を構えながら、ジリと足先に力を入れて俺を見つめている。


 あんな長い大太刀を上段で構えられる刀主なんて、和穗と霧子さんくらいのものだ。

 俺は、振り落とされた一撃を受けることも出来ずただ、回避することしか出来ない。

 今まで何度も、和穗や霧子さんには稽古用の木刀をへし折られているのだ。

 真剣といえど、無事で済むとは思えない。


「やめろ、和穗っ!」


 防戦一方。和穗の剣筋は、いつも以上に鋭く、殺意に満ちていた。

 けれど、時折。

 その赤の瞳がぐっと細められて苦痛に歪むのを、俺は見逃さなかった。

 これは、和穗の意思でやっていることじゃない。

 それがはっきりと分かる、そんな表情だった。

 

 苦痛に満ちた表情なのに、和穗の口元は不自然に笑っている。

 吐き出す白い息に交じる声も、いつもの明るい声ではなく、いびつな笑い声だった。

 その声は、さっきの老婆のよう。

 俺は、身体中が内側から冷え切るような恐怖を覚えて、数回たたらを踏んだ。


 僅かな油断にも、和穗は容赦なく打ち込んでくる。

 ギャリッと鉄と鉄がこすれ合う音がして、わずかに火花が散った。

 受け流すことしか出来ない俺の周囲に、散った火花が集まってくる。

 己を使えと、敵を倒せと──まるで、そう言いたげに、火花は瞬く。


 俺に、和穗を斬れというのか?

 火花が自分の周囲に集まってくることに動揺しつつ、俺は刀を構えて和穗から距離をとった。

 俺の情けない姿を見てか、和穗の口角が吊り上がり、笑みの形を作る。

 彼女の喉からほとばしるのは、まるで普段の和穗のものとは違う、呪いすらはらんだ笑い声だ。

 見慣れた幼馴染みの笑顔。

 しかしその顔が、その表情が、老婆の時と同じように、ドロリと歪んで見えた気がした。

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