第十六話 渦巻く衝撃、再度の襲撃
状況は「酷い」の一言だった。
あちこちで燃え上がる炎は、怪我をしてボロボロな市民たちの服や髪を無慈悲に煽る。
散る火花は、俺が刀術で発するものとは違って服に穴をあけ、触れるとチリチリと熱い。
俺は、頬に当たった火花が残したかすかな痛みに触れた。
火傷。
今まで一度も、負ったことのない傷。
「み、明神様! 帳様っ!」
泣きながら助けを求める子供。
赤子を抱いたまま呆然と座り込む母親。
伏したままピクリとも動かない老人。
瓦礫を必死にどかそうとする父親。
そんな光景に呆然としていた俺は、「明神」と呼ばれてやっと我に返った。
俺たちを呼んだのは、御神苗の家紋のついた羽織を着た刀持ちだった。
反射的に警戒して鍔に指をかけた俺を、先生がそっと刀の頭に触れて止める。
彼の刀も、いつの間にか姿を消していた。
「どうしたの、これは何事?」
「そ、それが……灯守様の指示で連絡係を集めていた所、突如爆発が……一体何が起きたのか、我々も……」
御神苗の者が言う「灯守」とは、ハルの事だ。
俺は一歩刀持ちに近付いて、彼の服装を見た。
御神苗の刀持ちの羽織は所々焦げていて、彼の顔面は煤に汚れて腕には傷もついていた。
乱暴に白い布で止血されただけの傷からはまだ赤い血が流れていて、顔面の煤も夜住の煤よりも灰色が濃い。
この人は、本物の人間だ。
ホッと息を吐いて肩の力を抜く俺の後ろから出ずに、先生はさらに問い詰める。
「ハルくんと和穗ちゃんの安全は確認出来てるの?」
「そ、それが……灯守様はお守りしたのですが……」
「和穗が居ないのかっ!?」
御神苗の刀持ちは、青白い顔で何度も何度も頷く。
彼の口元はガチガチと歯を鳴らし、吐き出される息も短く、早い。
白い綿を何個も吐き出しているようにも見えるその速度に、俺は自分の息を数秒止めて、深く吐いた。
俺が彼を威圧してどうする。
この地獄の中で、彼は必死に俺達を探して来てくれたのに。
俺は、また数回深呼吸をした。
落ち着け。
「わかった。お前達は出来るだけ散って和穗を探してくれ。連絡係だけじゃなく、御神苗の刀持ちを集めてもいい」
「は、はいっ」
「緊急時だ。ハルは俺たちに合流するように伝言してくれ」
「今すぐ命が危ない人は僕の所につれてきていいけど、できれば神風に協力を求めて、そちらに運んでね。市民もだよ」
先生はそっと刀持ちに近付くと、彼の腕に触れた。
ほんの少しの、青い光。
しかし刀持ちは驚いた顔をして己の腕に触れて、じわりと表情から緊張を抜いてまた何度も頷いた。
まるで寒さを忘れたかのように敬礼をして、急いで来た道を戻っていく。
今では持つ者も数少ない、治癒の力だ。
先生はあまりこの力を人に見せたり使おうとはしないから、俺も久し振りに見た気がする。
「お侍様……お侍さま、どうか、どうかお助け下さい……息子が、息子が……」
「あぁ、大丈夫だ……手伝おう。御子息はどこに?」
「ありがとうございます、ありがとうございます」
俺たちのやり取りを聞いていたのか、今までは刀を佩いた俺たちを遠巻きにしていた市民の一人が、よろよろと近付いてきた。
歳の頃はもう、源一郎様よりも上だろう老婆だ。
服はボロボロで、覗く腕は枯れ枝のように細い。
彼女の息子というのであれば、歳の頃は俺よりも上だろうか──
「ありがトウ……アリガ、とう……ござ、ま……」
よろめく老婆を支えようと、手を伸ばす。
ブツブツと何か言っている内容は、炎の渦巻く音でよく聞こえなくて。
「ソウくんっ!! いけないっ!!」
伸ばした手が老婆を支えたか支えないかの、僅かな瞬間。
先生が、鋭く声を発して──俺は、老婆の顔面がどろりと液状化するように崩れて目玉が落ちていくのを、何も出来ずに見つめていた。




