第十一話 黒い展望、白いヒント
「……怪我人が?」
軽く顎を引いて頷く神風さんが率いる神風家は、刀持ちたちの医療を全て担っている。
神風家が帝都のほぼ中央に位置しているというのもあるが、彼本人が強力な治癒術の使い手であるというのも、大きな理由だ。
本来刀主は、灯守によって力を与えられるか、代々の術式や刀術でもって夜住を倒す。
だが神風家は、唯一攻撃的な術式ではなく内側を守る術式を引き継いでいる家柄だ。
「日向子」
「は、はい! こ、こちらです!」
「……これは」
「偉いですね、日向子さん。よくこんな資料を持ってらっしゃいました」
「い、いえっ。直紹様がお持ちしろと! 仰ったのでっ」
神風さんに促されて風呂敷の中に入れていたのであろう紙束を差し出してきた日向子に、沙弥さんが眼鏡を軽く上げて唸る。
紙束は、そこそこ重そうな分量だ。
簡単な書付もあるのか色の違う紙も混ざっている紙束は、増えてもいいようにか紐で括られていて──死者と負傷者の、二種類のものがあった。
神風さんは、全ての刀持ちの名前と立場、そして負傷の情報を書きつけてきたのだろうか。
几帳面な細い文字で書かれた書類は、今どきまだ墨と筆で書かれているようだった。
それを一枚一枚、沙弥さんが確認する。
俺も、死者の方の紙束を手にとってめくった。
この紙束は、神風さんが言うようにこの三ヶ月の間のものだけのようだ。
それだけでこの厚みなのだから、相当数犠牲者が出ていることがわかる。
だがその死に方のほとんどは──凍死だ。
夜住の吐き出す煤に取り憑かれた者は、内側から臓器が凍って死ぬことが多い。
戦場で氷の吐息を受けてその場で凍りつく者もあれば、白く変色した部位が砕けてしまう者もいる。
ただでさえ寒い中でそんな攻撃を受ければ錯乱するのもまた当然で、砕けた部位を求めるように必死に氷の欠片をかき集めながら死んでいく者も、何度も見た。
一方で、戦場ではなく夜住憑きとなって死ぬ者は静かなものだ。
内側から浸食し、まだ生きていられると思っているうちに体温を失い、眠るように死ぬ。
それを知っている白服たちは、この死に方をことさらに恐れて己の白い服を毎夜確認するし、刀持ちたちは少し寒さを覚えれば灯楼にやってきて火種にあたる。
夜住に憑かれた者を助けることは、帳先生や神風さんでも困難だ。
沙弥さんは、傷の治療以外でできることはないと言う。
もしかしたら最近神風さんと深神家の2人があまり戦場に出ないのは、運ばれてくる者への対処に没頭しているからだろうか。
もしかしたら、俺も帳先生とは別行動しなくちゃいけなくなるのかも──
「なぁに考え込んでるの?」
「うわっ」
ぺら、ぺら、と紙束をめくっていると、いつの間に背後にやって来ていたのか帳先生が後ろから覗き込んできた。
いきなり近くに顔が来た俺も驚いたが、他の刀主灯守たちもびっくりして目を丸くしている。
そりゃそうだ。扉が開いた気配も足音も、一切無かった。
少しでも扉が開けば、滑り込んでくる冷たい空気でわかるはずなのに、それすら一切なかったのだ。
そんな人間離れした芸当をやってのけているのに、帳先生ときたら悪戯が成功した時のように、にんまりと笑う。
長い睫毛で包まれた目が、猫のようにキュッと上がった。
「悩んでるなら、せんせーが助言をあげようか?」
しかし、その言葉にはちょっとだけムカついて、俺は反射的に「いいです」と反論してしまっていた。




